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第1話part5

てっきり誉めてもらえると思ったのに。

 レザンの静かな態度に、ポムは首をかしげる。言われた仕事は全てこなした。着地を失敗して女の子にはぶつかってしまったけれど、エスポワールパクトは守ったし、怒られるような事は何もしなかった。一体どこに落ち度があったと言うの……?
 きょとんとしながらも、彼が指を指した先を素直に目で追ったポムは、その先の光景に目を見開いた。

 散々気を付けるように言われていた、あの怪物、それから、その上に乗っている『友達』。
 どう言うことか、ポムは全て理解した。桃色の頬がざっと青ざめる。
「ああああっ、ソンブル! ってことは、ってことは……」

 敵の襲来。その時に、互いにどんな行動を取れば良いか、レザンといくつも策をたてていた。今この状況下では、レザンはここに残るだろう。だとしたら、ポムがすべき事はひとつだけ。無関係な少女とエスポワールパクトを守り、一刻も早く安全な場所へ逃げることだ。

「あ、あのっ、ポムをだっこして遠くに逃げてほしいポム!」
「え!? ぬいぐるみがしゃべっ……」

 お下げ髪の、背の低い方の少女が呆気に取られたように呟いた。
 しまった、とポムが一瞬たじろいだ。その隙を狙っていたかのように、後ろからソンブルの声が聞こえる。
「させるか! エスポワールパクトはいただくぜ!」
 もう時間は無い。自分の正体を説明するのは後だ。ポムは地団駄を踏みながら必死で少女達に訴えかけた。
「は、早く~!」

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「ちょ、ちょっと待って……」
 ゆららが呟くのを聞きながら、まつりは目の前の不思議な生物を声もなく凝視していた。
 可愛いぬいぐるみのような、または羊のようなふわふわした容貌。水色のくりっとした瞳が愛らしい。こんな状況でなければ抱き締めていただろう。
 しかし今は、この子の言う通り、訳が分からなくても早く逃げた方が良い。

(でも……足がすくんで動けないよ。どうしよう、このままじゃ、この怪物にやられちゃう……!)

 ふわふわの可愛い瞳が心配そうに潤む。泣かせたくない、逃げなきゃ、だけど、足が動かない。
 どうする事もできず立ち竦んだその時、まつりの肩に、レザンと呼ばれていた少年が軽く手を置いた。ハッとして顔をあげると、状況に似合わぬ柔らかな笑顔がそこにあった。

「だいじょうぶ。この子の言う通りに、にげて」

 一言一言、ゆっくりと区切って少年が言う。
まるで魔法をかけられたかのように、その言葉を聞いたまつりは、自分の体がスッと軽くなるのを感じた。

「わかった、にげるよ」

 しっかりと頷く。すると、後方から怪物の苛立たしげな咆哮が聞こえ始めた。恐らく、もういく間も無く襲ってくる。
 少年は、笑顔を瞬時に崩して怪物を睨むと、腰の辺りに身に付けていた鞘からシャンっと長剣を引き抜いた。剣の根本についている青い宝石が、太陽に反射して光る。
 少年の瞳と同じ色だ。気づいて、まつりが息をのむと、少年は焦ったようにこちらを振り返った。

「早く!僕がこれを食い止めているから、できるだけ遠くへ逃げるんだ!」
「え……あ、あの……」
 瞬時に声をかけられ、まつりは咄嗟に彼へ言葉を投げ掛けた。色々言いたいことは合ったけれど、今はこれだけ。

「ありがとう!」

 その声を聞いた少年は、少し驚いたような顔をして、それから、先程よりも幾らか本音に近いような、屈託のない微笑みを見せた。

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「まつり、早く警察を呼びに行きましょう!」
「うん、あの男の子も助けなきゃね!」
 ポムを抱いて走り出そうとする少女達の声を背後に聞きながら、レザンは襲いかかる怪物に剣を推し当てた。切れ味の良い剣の先が怪物の黒々とした肉を引き裂き、四肢と思われる部分を切断する。

 しかし、動きを封じたと思ったが束の間、怪物はニヤリと笑うと、傷口から体を再生させていった。皮膚が盛り上がり、ぼこぼこと音を立てて元に戻っていく様を、レザンは苦い顔をして見つめる。
「だから、お前のした事は無駄になるって言ったろ。無理なんだよ、そんな剣じゃ、こいつは倒せねぇ」
「どうだろうね? これが何で出来ているのか、素材を解明できれば、或いは倒せるかもしれない。どんな生物にだって弱点はあるからね」
 嘲笑うソンブルに、レザンも強気で返す。本当は、倒せる可能性など、全く見つけられていなかった。恐らくこの怪物は人工物。全てが未知数だ。

(でも、僕は彼女達を守らなくてはいけないんだ。それからポム、あの子は良い子だよ。絶対に死なせられない)

 少しでも長く、遠くへ……時間稼ぎができれば良い。切り落とせるところは全て手にかけろ。再生の暇を与えるな。
 レザンは無我夢中で剣を操る。一番効果の大きな部分を瞬時に見分け、集中攻撃をする。
 一見すると、レザンの方が戦いを誘導しているように見えた。しかし、彼の体力も長くは続かない。目を伏せ肩で息をしていた一瞬の隙を突かれ、『腕』の再生を許してしまった。

気づいた時にはもう遅い。
胴体めがけて鋭い『爪』のついた長く大きな『手』が伸びてくる。

骨を強く圧迫する衝撃。
想像を遥かに越える痛みに、レザンは悲鳴をあげた。

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「うわぁっ! は、はなせっ!」

 苦しげな声。背筋が寒くなる。
 まつりは、振り返った先に、怪物に体を握られ呻くレザンと、その様子を頭上から楽しそうに見下ろすソンブルを見た。
「はっ、いくらお前でも、この力の前には歯が立たないみてぇだな。スキホーダイ、そいつを弱らせて捕らえろ!」
 ソンブルが嬉々として怪物に指示を出す。『スキホーダイ』と言うらしいそれは、レザンを掴んでいる『手に』ぎりぎりと力を込めた。連動するように、レザンが叫び声をあげる。
「レザン! やめるポム! 離すポム!」
 ポムは今にも泣き出しそうだった。計画では、無論こうなることも予想されていた。けれど、シミュレーションしているのと、実際に目にするのとでは訳が違う。このままでは、レザンが死んでしまう……!
 その時、ポムを抱き締める腕に、あたたかな力が篭った。しっかりと感じる体温。それに加えて、何か、とても不思議な感覚が彼女を取り囲む。
 ポムが目を上げると、淡い光に包まれた、2人の少女の姿があった。

「ひどい……その子を離して! 皆の事も、こんな風にして……」
「皆の事を苦しめるなんて、私、絶対に許さない!」

 2人が叫んだ瞬間、透き通るような美しい光が辺りを包んだ。ポムはその最中、穏やかな女性の声を聞いた気がした。

『伝説の戦士たちよ。どうか、再びこの世に生を受けて。私の未来の子どもたちを、よろしくお願いします』