見出し画像

第1話プロローグ『はじまりの日』part1

 高くそびえ立つ時計塔の鐘が、昼の刻を知らせている。ゴォン、と鳴り響く鐘の音を聞きながら、少女は急ぎ足で城に向かっていた。
 少女の年は9つ。淡い桃色のセミロングヘアーを、左右に分けてツインテールに結んでおり、走る度にその髪がふわりふわりと揺れる。

 彼女の名前はポム。このエクラ王国で、下級貴族でありながら、代々王族に仕える事を許されている優秀な家元の娘だ。その優秀さに置いては彼女も例外ではなく、今日は、彼女にとって人生で最大の任務──伝説の戦士『プリキュア』を探す旅──のはじまりの日なのである。

 『プリキュア』と言うのは、エクラ王国の古い歴史をなぞらえた神話に出てくる、世界を救う役目を負った戦士の事。その昔、まだ神々が国民たちと共に暮らしていた頃は、神と同じ程の力を持ち、崇められていた。しかし、伝承されている記録は少なく、神々や王族とは線を越えた物であると言われる、謎に満ちた勢力。
 そのような曖昧な存在だからか、王国の人々は、所詮は神話に出てくる作り話であろうとその存在を信じようとはしなかった。

 しかし、今から2年前、人々が伝説の戦士を頼らざるを得なくなるほどの災厄が、エクラ王国に降り注いだ。
 ある晴天の日、空に、突如として巨大な機械が浮かび、いくつもの爆弾や毒物が地上に降り注いだのだ。農耕を主として成り立っているエクラ王国には、当然この襲撃を防ぐことは出来なかった。

 国は、都市部を中心として半分以上破壊され、沢山の国民が命を落とした。生き残った国民は、各々の大切な人を失った悲しみと苦しみ、そして、襲撃を仕掛けた組織への怒りを原動力に、この2年間、精一杯国を建て直す事に専念した。そのお陰で、少しずつ元の状態を取り戻してきてはいるが、国は依然として負の方向に傾いたままである。 

 そんな状況下で、何ヵ月も苦しい暮らしを強いられた国民たちは、次第に国王に不満を覚えるようになった。力のある元老院の長老たちや、『プリキュア』の存在を信じる聖職者たちを中心に、「神話の話が本当ならば、国王が責任を取り『プリキュア』を探しに行くべきではないのか」と言う声が上がり始めたのは、それから間もないことであった。

 国を建て直す為に力を尽くしていたにも関わらず、国民からの不満と要望を浴びせられた国王は、ひどく狼狽した。
 このままでは、平民と王族・貴族間での争いに発展しかねない。国民の不安が最高潮に達したその時。誰も予想だにしない出来事が起こった。国王の嫡子である第1王子レザンが、国王に代わり国民の申し出を受け入れたのである。

 その知らせに、全ての人々の不安は晴れた。実の息子を危険な旅路に送り出すと言うことで、国王は当初渋っていたが、信頼できる側近を連れていくと言う条件を提示し、王子は父を説き伏せた。そして今日、王子と一人の側近は『プリキュア』を探す旅に出るため、王国を出発することになったのだった。

ここで話を戻そう。
その、王子を守ると言う重大な役目を仰せつかった側近こそが、ここにいる少女ポムなのである。
「とてもそうは見えない」「王子の護衛には相応しくない」
王子より4つも年下の、か弱そうな少女であるのだから、そう言った声が聞こえてくるのも無理はない。しかし、彼女はある理由から、誰よりも国王と王子の信頼を得ている。少し危なっかしい性格ではあるが、それすらも「王子の心の支えになるだろう」と理由づけられ、国王に即決された。

 さて、話をしている間に、ポムは城に辿り着いたようだ。
豪奢な調度の並ぶ廊下を抜け、ある部屋の前で立ち止まる。髪とスカートを申し訳程度に整え、ポムは扉をノックした。
「どうぞ、入って」
 恐らく、ポムが来たことを察知したのだろう、取り繕ってはいるが、明らかに呆れた様子の少年の声が聞こえてきた。
「はぁっ、はぁっ、レザン!遅くなってごめんなさいポム!」
 扉を開けての開口一番、ポムは息切れをしながら叫んだ。部屋の中に居た少年──レザンは、透き通るような藍色の瞳を不快そうに細め、整った顔を器用に動かした。
「ポム!やっと来たね。今日は大事な日だって言うのに、ギリギリに来るなんて。だから昨日は早く寝るんだよってあれほど…」
「わ、わかったポム!これからは…地球での生活では、気を付けるポム!」

 これは長くなる。本能で察知したポムは、咄嗟に言い訳がましい返事をした。しかし、そんな彼女の思考回路など、レザンには全てお見通しである。
「あ、誤魔化した。まぁ、それが本当ならいいけど…僕らの目的、ちゃんとわかってる?」
「もちろんポム!このエスポワールパクトの光を宿す、伝説の戦士プリキュアを探すこと、そして、地球とこの国を救うこと──それがポム達の使命ポム!」

 自分の使命はきちんと分かっている。ポムは、特に考えずにスラスラと言葉を口にした。
 レザンは、全く中身の入っていない台詞にため息をついたが、ここで説教した所で、自分の頭痛に拍車がかかるだけだ。何の解決にもならないだろう。仕方ないと割りきることにした。
「そう。分かってるなら、それ、ちゃんと管理しててね」
「了解ポム!」
 能天気な返事に、レザンはぴくりと眉を動かした。心なしか、後頭部がズキズキと痛む気がする。

(ポムはとても良い子だ。それは分かっているんだけど、どうにも心配だ。悪いことが起こらないと良いけれど……)

残念ながら、それは叶わぬ望みと言うものだった。