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ウィリアム・アドルフ・ブーグロー《夜》1883年


ウィリアム・アドルフ・ブーグロー《夜》1883年

背景
ブーグロー(1825-1905)はフランスの港街ラ・ロッシェルに生まれた。
彼の代表作は、いずれも当時流行っていた印象派と異なり、ラファエロやダヴィンチといったルネサンス期の宗教画を汲んだ新古典主義的な画風が多い。21歳のときにパリのエコール・デ・ボザール国立美術学校で学び、25歳でローマ賞を得た(以下、おまけでローマ賞の説明)。

イタリアはルネサンス期に芸術の先進国として権威と魅力を持っていたため、16世紀以来、イタリアに憧れたフランスの芸術家たちはもっぱらイタリアをお手本として勉強していた。その名残で、現在でもフランスの国立美術学校にはローマ賞という制度があり、建築・彫刻・絵画など各科で最も優秀な学生は国費でローマに留学できることになっている。

高階秀爾『名画を見る眼 I 油彩画誕生からマネまで』p.116

鑑賞
中央に全く光を通さぬ黒いベールを羽織った裸婦がいる。「夜」というタイトルだが、全体的に明るい、もっと言えば、まだ微かに見える星の明かりと左手を額の前にかざす彼女の姿から、まさに夜明けの様子を切り取った風景に見える。では、なぜ「夜」という主題なのか。察するに、そのヒントになるのがこの黒いべールなのだろう。もし仮に、黒いベールがすなわち夜なのだとすれば、ベールのはだける瞬間を描く本作品は、夜が明ける瞬間を視覚的に描いているものと考えられる。

取り敢えずの決めつけをしてみたが、もう少し周りを眺めてみる。するとまず、彼女の頭上を飛んでいるのはフクロウが目に入る。ここでブーグローの画風を思い出せば、彼女はミネルヴァと推察できるだろう(フクロウはミネルヴァのアトリビュートであるため)。なおミネルヴァは、音楽・詩・医学・知恵・商業・製織・工芸・魔術を司るローマ神話の女神である(wikiしらべ)。

次に、彼女の背景にはまさしく荒野、未開の地があるのが分かる。このことに意味を見出すために、ヘーゲルの次の言葉を思い出してみる。

ミネルヴァのフクロウは迫り来る黄昏に飛び立つ

ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル『法の哲学』

これは、「社会や歴史の出来事が完全に展開し終わった後でなければ、それらを完全に理解することはできない」という意味である。とすれば、逆にフクロウが夜明けに飛んでいる本作品は「社会や歴史の出来事が始まる瞬間」を意味するのではないだろうか。したがって本作品は、芸術が萌芽する瞬間(芸術の夜明け)をミネルヴァのモチーフによって表したものだと考える。

感想
中学生のときに同級生と初めて初日の出を見たとき最も夜から日の出までを意識したが、「いったい夜というものはいつ明けたと言えるのだろうか」なんてことは一切考えていなかった。しかしもしかすると、この黒いベールのようにさっと風に攫われてはだけるものなのかもしれない。「夜の消え方」をここまで視覚的に描くことができる、そのアイデアが非常に面白いと感じた。

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