見出し画像

sintaro fujita Interview

2023年8月10日、12日に仙台Shaftにて行われたパーティ「odd flocks/148」。仙台のクラブカルチャーを次世代につなげるべく行われた本企画の試み、人のつながりをアーカイブとして残すとともに、クラブビギナーやユースたちにとってのガイドブックを作成することを目的として、本インタビューシリーズは立ち上げられた。今回は、京都METRO(京都の神宮丸太町駅直結のクラブ)の名物レギュラーパーティ「Sequence.」をオーガナイズする、DJのsintaro Fujita(以下、Fと略記する)にお話を伺った。

(インタビュー日:2023年10月11日 インタビュアー:Morizo 文:N.Yuhei)

sintaro fujita

―それでは本日はよろしくお願いします。-

F :「よろしくお願いします。」

―さて、fujitaさんがDJを始められたきっかけっていったい何だったのでしょうか?-

F :「僕は今、理容師をやっているんですけど、前の仕事がアパレルをやっておりまして、ある程度いろいろな仕事をこなしてた時に、結構公私ともに時間の使い方が退屈なルーティーンになっていて、何かしたい気持ちはあったんですが、何もせずという日々を過ごしていたんですよ。

あるとき、共通の友人のフェアウェルパーティ的なのがありまして、そこにはDJもいました。僕はその、キッチンMUMっていうお店の中の、DJブースをずーっと眺めていたんですよね。朝方ぐらいまでみんなで飲んでたんですけど、そのときのDJの人が帰宅するときに、僕に『なんか適当にやっといて!』という風にバトンタッチをされてしまって。」

―それはfujitaさんがDJを始められる前ですよね。-

F:「それで、右も左もわからないような状態で、とりあえずiPhoneをつないでフェーダー使って、好きな曲を流すっていうことをしていたんですけど、そうしてたらそこの店主の人に、『お前DJ興味あるのか?』という風に聞かれまして。本音を言うと当時はDJに興味はあまりなかったんです。だけど、当時の人生は本当につまらなかったので、興味があるという返事をしたら、『来月から毎月練習しに来なさい』という風に言われて......というのが、自分がDJを始めた経緯になります。」

―そうだったんですね、興味深いです。-

F:「それから毎月通って練習して、一年半くらい経ってのことなんですけど、僕が今世話になっている京都METROにて、そのキッチンムームーがクラブを貸し切って営業するっていう回があったんです。そこが僕のDJデビューの場でした。それから現在に至るっていう感じですかね。」

―一体それは何歳くらいの頃のことですか?-

F:「26くらいですかね、8年前くらいの話かなと思います。2015年くらいに練習を始めて、2016年にデビューしたっていう感じです。」

―それまでは何か音楽活動をされていたんですか?-

F :「いや、まったくしてなくて。ダンスミュージックは好きだったので、クラブにはよく遊びに行っていたんですけど、それもお酒飲みにというか、ただ遊びに行くっていう感じでしたね。」

―DJとしては本当にそのキッチンMUMの方のおかげっていう感じだったんですね。-

F :「そうですね、そのキッチンムームーのオーナーの方がクニキさんっていうんですけど、本当に見た目が怖い人なんですよ。ハードコアパンクをやってる人で。だから、その圧力でDJを始めたところも多少あります(笑)。」

―ダンスミュージックは元々お好きだったということで、クラブはもとより通われていたんですよね。それは何歳頃からですか?-

F :「20の頃からですかね、アパレルを当時はやっていたんで、その先輩のお店のパーティに遊びに行ったりとか、そういった縁で自然とクラブに遊びに行くようになりました。でもあんまり『遊びにいくぞー!』っていう意識はなくて、友達や先輩がいるから行く、みたいな側面が強かったです。」

―当時からダンスミュージックが好きだったということでしたが、DJを始める前と後で、聴くジャンルに変化があったりとかはありましたか?-

F :「そうですね、だいぶ変わったと思います。僕がクラブに行き始めた当時はエレクトロの黎明期だったので、KitsuneとかBoys Noiseとかを始めはとても聞いてましたね。お洒落エレクトロみたいな音がほんとに多かったんですけど、DJを始めてからは、今みたいなインダストリアルだったりな、レフトフィールドのダンスミュージックを好むようになっていきました。広義的にいうとベース・ミュージックと言うか。」

―その辺りの音楽はDJを始めて、いろいろな刺激を受けるようになってのことだったんですね。-

F :「間違いないです。京都はHouseや生音が根強くて、僕は何か『より変な音楽でDJしたいなあ......』っていう気持ちが強くプレイに表れていると思います。イーブンなキックじゃない曲で、リズムが崩れて訳が分からなくなるような、そういった感覚でDJをしたいとより思うようになりました。」

ーそれは、ハウスの多い環境への対抗意識みたいなところがあるんですかね。-

F :「いや、そういう面もないんですけど、僕は元々イーブンな曲をプレイするタイプのDJだったんですよ。ただ、ある時そういうセットの中に一つハーフな感じのビートの曲を入れたら、めちゃくちゃフロアが盛り上がったんですよね。それ以降、こういったリズムのDJをしてもお客さんは素直に反応してくれるんだ......と、自信をもってDJをできるようになりました。そこからブレイクビーツとか2ステップとか、よりいろいろなジャンルをプレイしています。」

―結構現場の中で、お客さんの反応とかそういう影響を受けながら自分のDJを確立した......っていう感じなんでしょうね。そんなフジタさんですが、普段から見ているパーティの中で印象に残っていたり、影響を受けたっていうのがあったら教えていただきたいと思います。

F :「そうですね、僕も普段からseQuence.っていうパーティをオーガナイズをしている身なので、これまで印象に残っている回とかはいろいろあります。ただ、僕が今のパーティをオーガナイズするようになる上で、めちゃくちゃ参考になった『Do it Jazz!』っていう、Masaki Tamuraさんという方がやっているパーティがありまして。僕の兄貴分のような方なんですけど、その人のパーティに行って、その人と話して僕のパーティもさらに強度高くやっていこうという気持ちになりました。印象に残っているというのなら、遊びに行くパーティ全部だと思います。」

―ありがとうございます。そのDo it Jazz!について、より詳しく教えてもらいたいと思うんですけれどよろしいでしょうか。―

F :「パーティ名にジャズとは入るものの、100%ジャズしか流れないというわけではないんですよね。Masaki TamuraというDJのフィルターを通して伝えられている音楽っていうほうが近いかもしれません。ただ、その人のパーティの作り方や熱量、逆にとてもドライな一面など、僕の中にとてもフィットしてるなと思っています。すごい良いパーティで、純粋に音楽を楽しむっていうのは勿論のこと、DJとしても気づかされる面がとても多いです。」

―それはMETROで開催されているパーティなんですよね。―

F :「そうです、Masakiさん自体は全国を飛び回っている方なんですけど、Tsubaki FM Kyotoを率いている方でもありますし。」

―これも一つseQuence.に大きく影響したパーティということですよね。折角なら、このseQuence.についても成立について深掘りしていきたいと思うんですけど、よろしいでしょうか?―

F :「これもまた長い話になってしまうのですが(笑)。僕がさっきDJとしてデビューしてもらった話から続くんですけど、あるテクノのDJの方が僕のDJを聴いてくださって、パーティを始めることを強く勧めてくれたんですよね。そのころ僕はまだ若かったので、そういった若い層を呼べるパーティがあればいいと、思ってくれてたみたいなんですよね。そして改めてMETROに紹介されて、一度プレパーティのようなものをやることになりました。」

―結構、順風満帆のように聞こえるんですけども。―

F :「ただ......人の手を借りてやったそのパーティ、16人くらいしか来てくれなかったんですよね。これ続けていくの嫌だなあ......って思ったので、そこから4か月くらい、滅茶苦茶準備をして、平日に開催することにして。僕の当時の仕事の都合もあって、その日程になったんですけど、結果平日の月曜日にも関わらず80人くらい来てくれたんですよね。かなり盛り上がったんですけど、音楽的にはブレず、しっかりアンダーグラウンドなダンスミュージックがかかるようなパーティを作ることができました。」

―それは本当にすごいことだと思います。―

F:「そこから平日レギュラーとして定着することができて、80から90程度の集客を安定して集めていたんですけど、周年パーティの際に100人超えたんですよね。大台に乗ったので、そのときMETROの制作に入っていた方から、『じゃあ、このパーティは次の段階に行こうか。』という話をいただいて、週末開催に移行しました。そこから今は、地続きで続いているといった感じです。」

京都METROでのseQuence.
次回は3月の開催がアナウンスされている

―改めてお聞きすると、すごい積み重ねによって今があるんだなということをとても感じます。―

F:「積み重ねかつ、僕はとても誰かに巻き込まれやすいんだろうなっていうことをとても感じています。やってみない?っていうのがずっと続いているというか。かつそこで続けてこれたのは、遊びに来てくれたりしていた友達達や先輩、その都度一緒にやってるメンツのおかげですし、そこは本当に感謝してもしきれないなと思っています。」

―こちらのseQuence.についての作り方の面にも聞いていきたいと思うんですけど、ブッキングとかに関して、どういったことを意識して作られているんですか?―

F :「これもまた何段階かあるんですけど、初期のころは自分の中の親和性っていうものをすごく根幹においていて、かつクラブの中で起こる小さなフェスっていうのがありました。この時期は自分にとって、第一章だったなと思っています。」

―クラブの中で起こる小さなフェスっていう形容詞、素敵だと思います。―

F :「最近は制作もしているので、そこからいうと、僕のクリエイションの整合性が高いパーティにはなってました。これが第二章だとすると、今第二章がちょうど終わったので、次からは第三章をやっていきたいと思っています。これまでの一章のテーマと二章のテーマ、両方のラインをとっていきたいなっていうのが僕の考えです。」

―今のクリエイションとの整合性というと何を指すのでしょうか、個人的には今作っている楽曲たちとの親和性的な意味合いなのかなという風に思ったりしていたのですが。―

F :「そうですね、そういったものも重視しているかなって思います。なので、今のこのパーティではイーブンキックな曲がかからない場面が多々あります。基本はベースの崩したリズムであったり、鳴ったとしてもハード・テクノやレイヴといった強めのところだと思います。2023年はレジデントを勤めてくださったMetomeさんとKafukaさんの二人とAkito、彼らもベース・ミュージックのシーンで活躍してくれているアーティストなので、その3人がいるっていうのはとても大きかったですね。」

―今後は初期と最近の考えのバランスをとっていくというところなんですけど、それはジャンル的にももう少し広めに構えたいということなんですかね。―

F :「そうですね......これは僕の実力不足なんですけど、ベースミュージックに焦点を置きすぎると、なかなかどうやってもフロアで踊ってもらう事に悩む場面が出ててきて、、だから僕的にはしっかり踊ってもらいながら聴いてほしい音楽を掛けるタイミングとをバランス良く決められた時間で作っていく強く必要性を感じたので、それをパーティにもアウトプットしていきたいと思っています。」

―seQuence.は2022年仙台にも来ていただいて、あの時が初の府外だったと思います。そこでは仙台と京都の違い、例えばオーディエンスの反応など、様々なことを感じられたと思うのですが、そこでfujitaさんが思われていることを教えていただきたいと思います。―

F :「そうですね、実をいうと良くも悪くも、仙台と京都での違いはあまり感じなかったというのが本音です。物珍しさで来ていただいた方も多かったとは思うのですけれど......ただ、我々のフロアコントロールの力が、まだまだであることを痛感させられたりはしましたね。」

―それは、レフトフィールドというか、イーブンキックではない音楽への反応というところの問題だったのでしょうか。―

F :「それもなくはないんですけど、seQuence.っていうパーティの知名度的な側面は否めません。名古屋でも開催させて頂いたんですがそれを強く感じました」

―名古屋と京都では結構距離も近いとは思うんですけど、名古屋の地理的な難しさってのはやはりあるんでしょうか。―

F :「まあ......その面もなくはないですけど、このパーティの現在地を知れたっていう点のほうが大きいです..」

―なるほど......本当に意外なエピソードでした。今後もやはり、京都府外での活動は継続的にやっていきたいと考えているんでしょうか。-

F:「それはずっとやっていきたいと思っています。MetomeさんやKafukaさんのLiveが僕はとても好きなので、一緒に府外に行って、今僕たちが追いかけている音楽を提案していきたいなとは思っていますね。」

府外で仕掛けるseQuence.
2月はCircus Osakaでの開催となる

―MetomeさんとKafukaさんについても少し聞いていきたいなと思っているのですが、お二人はLiveが基本なんですかね?-

F :「いや、DJも含めて両方やりますね。LiveをseQuence.でやるときは、ユニットを組んで出てもらうことが多いです。京都でのパーティの際はソロだったり、都合が合わなければ参加しなくてもいいとは思っているんですけれど、県外でやるときは基本ユニットでやってもらっています。」

―音楽的にはどのようなジャンルの表現だったりをされているんでしょうか。―

S :「Kafukaさんは、元々エレクトロニカやアンビエントを作りますが、ベースミュージックも大好きで、クオリティが高いです。Metomeさんは最近アルバムを出したりしているんですけど、めちゃくちゃ幅の広い楽曲を制作している様に感じます。本当に、純粋にかっこいいなと思えるような楽曲を作ってくれるので、僕は本当に彼らが大好きですね。」

―ありがとうございます。ここでまた仙台の話に戻るんですが、コロナ渦以前より仙台にたびたび来られているfujitaさんが感じる、仙台という街の変化について教えていただきたいなと思います。―

F :「そうですね......仙台に来るたびになんですけど、毎回新しい世代のDJたちと関わることができているなっていう気がしていて。それは仙台のSHAFTの大谷さんを初め、Monetのシンシンさんといった箱の人たちがその場をコロナ渦でも、しっかり守り続けることができているからこその出来事なんだと思います。」

―では、fujitaさん自身としては、コロナ渦を経てどのような変化が自身の中にありましたか?―

F :「そうですね......僕自身も当時コロナになって、直近で決まっていた府外遠征も全部だめになってしまっていたので、そのころずっと持て余した時間を使って、ひたすら当時は制作に励んでいました。今も結構そういったテンション感ではあります。」

―なるほど、制作に集中する気持ちと、パーティやDJを並行する難しさに今は苦労されているんですね。今現在コロナも第五類へと移行し、遊ぶことへの制約もだいぶ和らいできているとは思うのですが、京都のほうではお客さんは戻ってきていますか?-

F :「戻ってきてると思います。」

―というと、お客さんは来ているけど、内容が変化したということなんでしょうか?-

F:「もちろん遊びに毎回来てくださるお客さんもいるんですけど、海外のお客さん、新しい世代が増えていっていて。逆に遊びに行かなくなった層もいると思うので、僕にとって新しい10割っていうのが感覚ですね。」

―お客さんの音楽に対してのリアクションはどうでしょうか、変化は見られますかね。-

F:「変わったのかははっきりしないですけど、ちゃんと踊らせてから、自分たちのやりたい音楽を伝えていくっていうのは大事で、最近はそれをより強く感じる場面が増えました。コロナ渦で、いったんゼロになった部分って個人的には多いと思っていて。だからこそ、よりクラブ体験としてピュアな面を保っていきたいなっていうのは、常日頃感じているポイントです。」

―ありがとうございます。ここで、fujitaさんの楽曲制作についてもお伺いしたいしていきたいと思います。今って、DJと制作って、比重はどのようにしている感じなんですかね?-

F:「僕結構並行して物事を進めるのが苦手なんですよね。もちろんいつも物事は本気でやりたいんですけど。だからこそ、例えばDJの二週間前であれば、その準備に10割かけて、DJがひと段落したら、今度は制作に10割置いていって......っていうのが自分です。」

―なるほど、結構DJと制作っていうのはしっかり分けて行われているんですね。楽曲のリリースも結構されていると思うんですけど、最近そういったので取り組まれていることはありますか?―

F:「実はですね、今seQuence.でのレーベルを立ち上げたいという話になっておりまして。2024年からはそこからのリリース、そしてリリパというような流れを作っていきたいなと思っています。」

―ありがとうございます。なかなか、クルーの紹介をしていただいた今だと、そのリリースもとても待ち遠しい話だなと思ってしまいますね。さて、フジタさんのお話をいろいろ聞いてきましたが、fujitaさん自身がよく遊びに行かれるパーティにはどのようなものがあるのか、良ければ教えていただきたいと思います。―

F :「そうですね、TamuraさんのやっているDo it Jazz!や、Sotaさんという先輩がWest Harlemにて開催している『Back Home』は結構遊びに行きますね。あとはntank君の『MAVE』とか......全部大好きなので、全部行きたい!(笑)。」

―fujitaさんのDJとしての今後の目標は何かありますか?-

F :「そうですね、やっぱり自分の好きな音楽を聴いて、踊ってもらうっていうのが一番の課題なので、どうやって踊ってもらえるかにはこだわり続けていきたいです。踊らせるためには何でもしたいですね。今年は失敗が多かったので、だいぶそこにフォーカスしていきたいなとは思っています。」

―ありがとうございます。ではここで、今fujitaさんが好きな曲を、3つほど取り上げて教えていただきたいなと思います。―

F:「ちょっと作品としての紹介になってしまうんですけど、Amityっていうレーベル、パーティコレクティブの『Kills Two Birds』っていうコンピレーションがあるんですけど......それが本当に好きで。なんかやっていることが正解だなって感じるんですよね。パーティをやり、レーベルをやり、そこでパーティを主催する......っていう基本的なことができているのは、本当に素晴らしいことだと思います。」

https://youtu.be/BMi1lcdQxt4?feature=shared


―ありがとうございます。パーティやレーベルといった点からの視点での意見ということで、とてもfujitaさんらしい回答になったかなと思いますー

F :「二つ目の作品なんですけど、LekandeっていうドイツのROW Recordsというレーベルから音源をリリースしているアーティストがいるんですけど、そのアーティストの最近のEP、『It happens』っていうのはおすすめですね。アンビエント、エレクトロニカっぽい音でもありつつ、レフトフィールドなテクノの音も持っていて、すごく好きな作品です。このレーベルは本当に大好きで、一作目からずっと追っています。」


―聞けば聞くほど、fujitaさんの普段のDJに近い音源なんだろうなという想像ができます。-

F :「年内になると思うんですけど、僕もこのレーベルからEPを出すことになりまして、すごくワクワクしているところです。リリースされたらぜひ聞いてみてください。」

―すごいですね、ずっと好きなレーベルからリリースができるのはトラックメーカーとして理想的なことではないでしょうか。続報を楽しみにしております。―

F :「三作目は迷ったんですけど、Loppy Bっていうアーティストの『A Loppy Lesson』っていうアルバムにします。結構たくさんの表情が見れる作品で、トライバルやスローなテクノ、ハード・アンビエントというものまであるんですけど、クラブでも使える作品ばっかりです。リスニングとしてもすごくいい作品だと思っています。」

―ありがとうございます。―

F :「最近の自分のパーティでも頻繁にかけている曲で固めたんですけど、全体的にベース・ミュージックの色が強い作品になっていると思います。」

―ご紹介いただきありがとうございました。最後にですが、fujitaさんが過去に仙台に来て食べたお店の中で、おすすめのお店があれば教えていただきたいと思います。―

F :「全部記憶に残っているんですけど、やっぱりあらじる(壱弐参横丁内の居酒屋)かな~って思います。みんなでワイワイ飲んだ記憶もあって、お料理も本当においしかったです。まあ、仙台のご飯は本当に何でもおいしいんですけどね。」

―そうですね、またfujitaさんが仙台に来たときは、みんなであらじるにいきたいなと思います。今日はお忙しいところ、本当にありがとうございました!-

F:「ありがとうございました!」

sintaro fujita DJ Mix

助成:仙台市市民文化事業団

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?