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Art|ウィレム・クラスゾーン・ヘダ《ロブスターのある静物》 映える食材

「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」が再延期になってしまいました。会場の国立西洋美術館の臨時閉館予定は、いったん16日(月)にしていたのですが、新型コロナウィルスの感染拡大への対応はしばらく続くということで、臨時閉館が延期になったのです。もうこれは、ひたすら気長に待つほかありません。来週にはオープンしてほしいなぁ。

今週のArtでも、「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」から作品を1枚紹介しようと思います! なんと今回で10回目になるそう。全体で61作品が来日する予定ですので、1/6は紹介してきたことになります。

新興市民という新しい顧客が好んだ静物画

今回紹介するのは、先週のゴーガン(ギャンではなくガンね)《花瓶の花》に続いて静物画にしようかと思います。

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ウィレム・クラースゾーン・ヘーダ《ロブスターのある静物
1650-59年 ロンドン・ナショナル・ギャラリー

マイナーな作品ですみません。。。でもこの絵、超絶テクニックによる細密描写がすごくないですか? 所蔵元のロンドン・ナショナル・ギャラリーのサイトでは、作品を拡大してみることができるので、下記にリンクを貼っておくので、まずは最大拡大にして画面を見てみてください!

中央のワイングラスの側面に、グラスの足についた装飾が反射しているのとか、ロブスターが乗っている銀食器の側面に反射している白いテーブルクロスとか、ほんとうによく観察がされていて、これを描いた画家は、どんな精神しているんだろう、と想像してしまいます。きっとすごい観察力があるんでしょうね。

前回のゴーガンの静物画の時に説明しましたが、静物画は絵画のヒエラルキーの中では下位のジャンルでした。当然、ウィレム・ヘーダの時代でもそれは、基本的に変わりません。

しかし、この絵が描かれた17世紀のオランダは、すこしだけ状況が違うことがありました。それは、歴史上初めて市民国家が生まれたことです。

17世紀のオランダは、海運業で栄え、16世紀に無敵艦隊を誇ったスペインや、同じく海洋業で新興国になったイギリス、歴史あるイタリアやフランスを抑えて、世界の情報と経済を掌握した「覇権国家」でした。

そしてその主人公になったのは、これまでの王侯貴族や教会ではない、商人たちでした。そして彼らが、新しい顧客になって、絵画を注文するようになります。

宗教画や歴史画のように大仰しくなく、普段の生活を邪魔せずに、いやしてくれるような風俗画や風景画、そして静物画に注文が集まります。19世紀中ごろにフランスの新興市民ブルジョワの趣味を受けて成長した印象派と同じことが、200年前のオランダで起きていたのです。

この市民の時代に風俗画家として活躍したのが、みなさんご存じのフェルメールです。

そして、ウィレム・ヘーダもまた、そうした新興市民向けに細密な精密画を描いて評価を得た画家でした。

SNSで料理写真上げて自慢しているのに似ている

それでは、ウィレム・ヘーダの《ロブスターのある静物画》をもう一度見てみましょう。

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真ん中のロブスター(ヨーロッパでは、ハンマーを意味するフランス語のオマールでも知られます)は、現代人でもわかる高級食材です。

オリーブやレモンは、オランダでは手に入らない地中海からの舶来品です。さらに、左端の袋に入っているのは、インドから輸入されてきた超高級品のコショウ、白の陶器も中国からの輸入品でした。

ほかにも、グラスの持ち手に飾りがついた食器や、燭台のようなものに乗せられた岩塩など、当時の一般市民が観たらため息が出そうなうらやましい食材や食器などが並びます。

つまり、めちゃめちゃ高級な食材ばっかりをこれ見よがしに並べて自慢している絵なんですね、これは。高級料理店で料理の写真を撮って、「映える」といってSNSで自慢しているのと似ていますね(軽いディスりですみません)。

おそらく、ギルド(職業組合)からの注文だったとされるこの絵(テーブルクロスの刺繍にギルドのマークのようなものがあることから)。「俺たちの成功ぶりを見せつけてやろうぜ」という気持ちで、ウィレム・ヘーダに注文したのかもしれません。

注文主の意向はさておき、ウィレム・ヘーダは、高級食材をただ並べて描くだけでなく、それぞれの静物(食材や食器、布、ガラス)が光に当たることで生まれる関係性、たとえば、ガラスに透けることで後ろの静物に影響を与えたり、銀食器に食材が移ったりなど、を綿密に構成することで、本来は命のないものの集まり(静物)にも関わらず、時間の流れを感じさせる空間を描くことに成功しています。

つまり、静物なのに、一瞬の時間が、永遠にカンヴァスに映しとられているわけです。

オランダに赤ワインはなかった!?

ちなみに、ちょっと小ネタを2つほど。

グラスの足に、ゴテッとした装飾がありますが、これは実は、滑り止めです。当時の食事ではナイフやフォークを使う習慣はなく、基本的には手で食事を食べていました。そのため、ワイングラスを持とうとすると、手が滑ってしまうわけです。

そこで、あえて足をゴツゴツとさせて滑りにくくすることで、食事をしやすくしていました。

また、オランダには当時、赤ワインはありませんでした。もともとオランダは、ブドウ栽培の限界以北なため、自国産のワインはありませんでした。

多くはフランスからコニャックやアルマニャックといったアルコール度が高い酒を輸入し、それを薄めて飲んでいたといいます。アルコール度が高い方が腐敗を抑えられるので、好都合だったわけです。ですので、17世紀オランダの風俗画に描かれるワインのほとんどは、白ワイン(薄めたワイン)になっているわけです。

ちょっとした小ネタを知っていると、静物画を見るのも楽しくなりますね。

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この作品以外にも、「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」に出品される作品を存分に解説した「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展 完全ガイドブック (AERAムック)」が発売中です! 編集・執筆を担当した本ですので、この投稿に興味を持たれた方は、ぜひ閉館期間中に予習していただき、開幕を迎えましょう!


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