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喪失感新婚旅行 [16-3] 上田、韮崎 アドバイスが欲しい男

上田で素敵な時間を過ごせたものの、私は怒っていた。なぜ久しぶりに会った友人になかなかのボリューム感で、北の国からについて語りまくるのか。お勧めするならまだしも、熱量が半端なく、昨夜、石井ちゃんは面白がって聞いてくれていたけれど、何時間も北の国からについての話を聞くのは辛いだろうなと思った。もういいから、と止めても、何かのスイッチが壊れてしまったように、北の国からについての愛を語りまくっていた。
そういうことは今までに何度もあり、大好きな北の国からを皆んなに観てもらいたいという想いが強すぎて、私は呆れてしまうことが何度もあったし、今でも時々あるのだ。

「ねぇ、昨日のこと覚えてる?北の国からのこと、語りすぎだし長すぎ。何時間も聞かされてる人のこと考えたことある?あんまりしつこいのはどうかと思うよ。私は石井ちゃんともっと話がしたかったのに、あなたがずっと北の国からのこと話してるから全然話せなかったよ。貴重な時間だったのに。石井ちゃんにも申し訳なかったからちょっと連絡入れました。」

「…え。俺、そんなに?」

この日は上田から、甲府に向かっていた。
私が指摘しまくってしまったからか、夫は運転中ずっと無言だった。怒らせてしまったのかもしれない。
何かを考えては頷いて、夫は心の中の自分自身と対話しているようにも見えた。
朝から私がズバズバと言いすぎてしまったらしい。
寝起きであんなに責め立てられたら、そりゃ嫌な気分になるよな、申し訳ないから、タイミングを見て謝ろうと思った。

お腹が空いたので、韮崎にあったカフェに入った。
せっかくの美味しいランチも、なんだか気まずい。
お互い食べ終えたので、お会計をしようとすると、

「あの〜、ちょっと聞きたいことがあるんですが。」
と、夫がレジにいたお姉さんと、オープンキッチンの中にいるお兄さんに話しかけた。
参ってしまった雰囲気で話を始めるものだから、お店の人はこれからクレームを言われるのではないかという表情だった。

「僕、好きなドラマがあって、北の国からって言うんですけど、それをお友達に勧める時に、しつこくなってしまうらしくて、僕自身は相手に観てもらいたくて、一生懸命、魅力を語るんですけど、どうしても長くなってしまって、今朝妻に怒られてしまったんです。」

「は、はい…」
お店の人は2人ともきょとんとしている。
そして今朝怒った妻というのはこのわたくし。
夫の横でいい感じに笑顔を作る以外にできることが何も浮かばない。気まずすぎる。

「もし、好きな映画とかドラマがあったらどうやって勧めますか?」

ちょっと、聞く相手…。と思ったけれど、私の放った言葉に相当悩んでしまったらしい。
咄嗟に選んだ相談相手が初対面の男女という斬新な選択にも、内心、突っ込みどころはあったが、こういうところが夫らしい。

「そうですね、僕なら、簡潔に短くまとめて伝えるかもしれないです。観たくなるように伝えるかなぁと思います。」

ちゃんと答えてくれるお兄さん、ありがたい。
「私も一緒ですね。」
お姉さんもありがたい。

色々とアドバイスをもらい、無事にお会計が終わり私たちは店を出た。

「昨日は言いすぎてごめんね。」

自分の好きなことを語って人の心を動かすことって、結構テクニックがいるのかも。大人になればなるほど、興味がないことには本当に興味が持てなくなり、自分の好きなものばかりを観たり聴いたりするようになった。
だから夫が、真っ直ぐにしっかり誰かに向き合って、好きな北の国からについて語る姿勢は、怒ることでは無かったのかも…と私自身も反省した。

色々と考えさせられつつ、通常モードに戻った私たちは甲府へと向かった。

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