ころころ
まるで早押しクイズ番組のようだと思った。問いを聞いた瞬間モグラ叩きゲームのように瞬時にボタンを叩いては解答権を得る。
私はやるべき仕事を真面目にしながら、早番の男性職員と入居者のTさんとのやり取りを見て早押しクイズを連想した。
「地蔵菩薩の真言は?」
と問う男性職員に、
「おんかかかびさんまえいそわか!」
とTさんは答える。
色んな真言(呪文のようなもの)があるようで、Tさんは沢山の真言が書かれた紙を眺め、日頃から暗記しようと頑張っていた。
なぜそんなにも頑張るの? なんの為に? と心の中でツッコミを入れながらも、私はTさんを日々見守っていた。
不動明王だとか千手観音だとかを同僚が問題を出し、入居者のTさんがその真言を答えるというマニアックな遊びは、今彼らの中で流行っているコミュニケーションの一つだった。
私は内心、そんな遊びをするぐらいならこっちの仕事を手伝ってくれとイライラとする時もあった。
しかしTさんは、問題を出されて正解を答えられた時にはとても幸せそうな顔をする。見ていて微笑ましいから、永遠にやっていても構わないと思うようになった。
Tさんが真言を完璧に言えた時同僚は、
「おお~、さすが勉強されてますね。素晴らしいです!!」と誉めちぎる。
なんなんだこの日常風景は。と、最初はアホらしく思っていたが、そんな私にも真言の中で一つだけ覚えられたものがあった。あればその知識をひけらかしたい私がいた。
私は二人のやり取りを興味無さげなふりをしながら仕事をしていたが、もしもその真言が問いに出たなら黙っちゃいられない。
「不動明王の真言は?」
ええっと、おんまかきゃ・・・違う。これじゃない。もっと強そうなやつだった。ああ悔しい思い出せない! とモヤモヤしながらTさんを見ると、彼は落ち着いた感じで真言を唱え始めた。しかし難しい真言だ。途中で彼の記憶は飛んだようだった。
あぶないあぶない。
私は60代の記憶力に負けるところだった。
私も不動明王の真言は覚えられる気がしない。脳がポンコツすぎて入ってこないのだ。
しかしそんな私にも、一度で脳細胞に焼き付いた真言がある。
薬師如来の真言だ。
こればっかりはTさんには負けられない。
同僚の彼が『薬師如来の真言は?』とか問題を出してきたら、すかさず私はTさんよりも先に答えを言おうと日々ハイエナのように狙っていた。
薬師如来だけは絶対に譲れないのだ。
例えば、百人一首の中で思い入れのある『瀬をはやみ・・・』の一枚は絶対譲れないと挑む『ちはやふる』という漫画の主人公のように、私は薬師如来の真言だけは取りに行くと意気込んでいたのだ。
そろそろ本気を出そうと、彼が出す問題に耳をそば立てながら、仕事をバックグラウンドへと切り替えた。
そしてついにその時が来た。
「薬師如来・・・」
と彼が言ったそれに被せてテーブルをぶっ叩き、
「おんころころせんだりまとうぎそわか!!」
と叫んだ。
よし勝った!!
薬師如来は絶対に渡さない!!
Tさんと男性職員はキョトンとしたマヌケ面で私を見つめた。それから二人して瞳を輝かせ、
「襟瀬さんすごいなぁ!!」
と誉めちぎってくれたのだ。
私はとても良い気分になった。
私は毎年健康診断はAランクの健康体だが、身体のスッキリ感の満足度はEランクだった。朝起きた時は指先だけしか動かしたくないと思うほどに倦怠感がひどい。頭痛、目眩、吐き気など、それは日々のお友だちと言えるほどだった。
そんな時は魔女になった気分で、
『おんころころせんだりまとうぎそわか』と呟くのだ。ころころ・・・と言う音がとても軽快で可愛らしい。唱えれば、カワイイな~と癒されて、不思議と身体が動かせるようになるのだ。それでもダメならできる範囲で怠惰な一日を過ごすと決めている。
朝イチと寝る前には必ず薬師如来だ。
腹の弱い子供が『お腹が痛い』と苦しむ時も患部をさすりながら、『おんころころせんだりまとうぎそわか』と優しく呟いてやる。『痛いの痛いの飛んでゆけ~』よりも効果がありそうな呪文だ。最近はこれを日常に採用している。そんな私がこのカードをいち早く取れて当たり前なのだ。
薬師如来とは、健康効果のある仏様らしい。日々彼らの遊びを聞いているうち、自然と覚えられた唯一の真言だ。
ころころなんて可愛くて癒される。
これからもこの遊びが開催されたなら、薬師如来のカードはいち早く取りにいく予定でいる。
おんころころせんだりまとうぎそわか。
呟けば、無限の力が湧いてくるような気がする。
癒しの響き、
薬師如来の真言。
覚えていて損は無いと思う。
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