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オレンジ色の光

洗濯機が陽気な音楽を鳴らして『洗い終えました』の合図をしてきた。
もう終わったのかと憂鬱になる。
低血圧の私は、朝は何もせずにボケッとしていたいのが本音だ。休日となればそんな怠惰が三割増しとなる。
私はダイニングテーブルの椅子に腰かけたまま、根が張ったように動けずにいた。
それでも洗濯機が終わったのなら干さねばならない。このまま現実逃避をしたところで代わりに洗濯物を干してくれるアンドロイドもいないのだ。

洗濯という家事は、パンパンとやってシワを伸ばして干し、乾いたら取り込み、たたんでタンスに片付ける所までが洗濯だ。
 
なんだか小学生の頃、先生が名言みたいに言っていた「遠足は家に帰るまでが遠足だ」に似ている。
 
遠足は楽しい部分もあるが、洗濯に関しては私にとって楽しい部分が一つも無いのがいけない。全くモチベーションが上がらないのだ。だからこうやって、腐った木のように椅子に腰かけたまま動けずにいるのだ。
 
私は尻から伸びた根っこをぶちぶちと引っこ抜くイメージでゆっくりと立ち上がり、洗濯機へと向かった。
 
洗濯物をカゴへと取り出す。
今日も大量だ。
息子のももひきが二枚重ねで洗われていた。
まただ。私としたところが見落とした。
 
真夏でもももひきを欠かさない息子は、冬になるとももひきを二枚履きし出す。それを一度に脱いで洗濯かごへと入れてしまうのだ。
厚手のもも引きを二枚重ねするものだから、日々の洗濯物のかさが増す。とても迷惑な話だ。
同年代の年頃の男子はももひきは履かないらしいし、同年代どころか職場の老人施設の九十を過ぎたお年寄りでも裏起毛の厚手のももひきを二枚履きなんてしない。
若いくせにどんだけ寒がりなのか。
 
私はぶつぶつと文句を言いながら洗濯物を全て取り出した。
とたん、洗濯槽の底にオレンジ色のまばゆい光が輝いた。
 
一体何の光なのか。
 
洗濯機の誤作動なのかと一瞬考えたが、今洗濯機は電源オフの状態でいる。オレンジ色に発光するのは不自然だ。
しばらく私は白色の洗濯槽の底を凝視した。
腕を伸ばして底周辺を指先で確認してみるが特に何もない。ただの洗濯槽だ。
その間五秒ほどだった。
オレンジ色の光はピタッと消えてなくなった。
 
「一体なんだったのかしら……」
 
私は不思議に思いながら洗濯物を干し始めた。
 
洗濯機が壊れて変な光が出たのだろうか。
しかしまだ買ってばかりの洗濯機だ。それに不具合の光ならば洗濯機の外ボディーに出るように設置されているはずだ。
わざわざ洗濯槽の底に光で知らせるなんて不自然な事は、よっぽど変わった設計者しか考えないはずだ。
それか私の眼球に問題があるのかもしれない。日頃から目にゴミが入りやすい質だから、目に傷がつき炎症から光が見えたのか。しかしその割には少しも目は痛くない。
 
私は洗濯物を干しながら、ありとあらゆる可能性を考えてみた。
思考の方が忙しく、洗濯物干しはバックグラウンドで進んでいく。
バスタオルを竿に引っ掻けようとして、水色の空が目に入った。
 
オレンジ色の光……。
 
もしかしてもしかすると、あれはUFOだったのかもしれない。UFOはオレンジ色の光を発すると聞いたことがある。
 
私が日々UFOを見たいと空を見上げる度に願っていたから、ついにUFOが洗濯槽の底に極小サイズで現れてくれたのかもしれない。
 
なぜ空に現れなかったのか。
 
UFOは空を飛ぶものという固定観念があったが、知的生命体の作る乗り物が空を飛ぶためだけに有る物と決めつけるのは短絡過ぎた。
洗濯機の中に忍び込み、ぐるぐると回ってジェットコースターのようなスリルを味わいながら一石二鳥で洗車をするという、全く人間が考え付かない行動を、知的生命体ならやりかねない。
 
私は年甲斐もなくワクワクとした。
あのオレンジ色のまばゆい光が目に焼き付いて離れない。
明日も洗濯槽の中に現れるのか、それとも王道の空か。王道の空に現れたのなら人が乗ることのできるサイズに変化できるだろう。だとしたらぜひ、この私を一緒に乗せてほしい。
 
 
それからというもの、家事の中で一番嫌いだった洗濯が待ち遠しくなった。
あれだけ嫌々していた洗濯に楽しみを見い出せたのだ。
今日もオレンジ色の光が見られるのか。ワクワクとしながら洗濯槽の底を覗く。
 
息子がももひきを二枚履きにしていようが、さらにパンツも付いていようが少しもイライラしなくなった。
娘が無駄に着替えて無駄に出した洗濯物があったとしても、「うふふ、オシャレさん」と微笑ましく思えたのだった。
私の心はワクワクとドキドキで溢れていた。
 
 
オレンジ色の光を見てから三日後のことだった。
洗濯機が「洗い終えました」と軽快な音楽で知らせてくれた。
私は鼻歌を歌いながら洗濯物を洗濯かごへと取り出した。
空になった洗濯槽の中を覗くが、特に変わった様子はない。洗濯槽に頭を突っ込めるだけ突っ込んで底を観察してみた。
 
オレンジ色の光は無い。
しかし、白色のワイヤレスイヤホンの片方が転がっているのに気付いてしまった。
 
どうやら白い洗濯槽に白いワイヤレスイヤホンが同化して今まで気づかなかったようだ。
オレンジ色の光の正体は、ただのワイヤレスイヤホンの光だったのだ。
 
アホらしすぎて気が抜けた。
 
私の夢は木端微塵に砕け散り、一気に現実に引き戻された私は、ガッカリ感がさらにイライラの感情として上乗せされてしまった。その勢いで自室でゲームをする息子の後ろ姿に、「ちょっと!」と呼びかけた。
 
「こんなんあったんだけど! 三日も洗濯されてたからさすがに壊れてると思うけど知らんし! 自己責任! 各自ポケット確認ルールしっかり守ってくれなきゃ! それと今まで100回以上は言ってるけど、ももひきとパンツは一枚一枚剥がしてほしい! 頼むわ!」
 
「ごめんって。いきなりどうしたのさ!?」
 
「UFOと間違えたじゃない!」
 
「ユーホー?」
 
息子は不思議そうに私からワイヤレスイヤホンを受け取った。
3日間も無駄に洗濯をされ、私をファンタジーな世界に誘ってくれたお騒がせワイヤレスイヤホンは、さすがに壊れただろう。
諦めながら充電器にセットすると、再びオレンジ色の光を発して輝き出した。


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