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なぜ邦題はダサくなってしまうのか

韓国ドラマが日本に入ってくるとき、邦題(原題とはまったく別物)もしくはサブタイトルがつけられることがある。

それがなぜか70%くらいの割合で、ダサい。ポスターやDVDなどのビジュアルが、全く違う世界観になってしまう問題と並んで大きな問題である。どうしてそうした現象が起こるのか。

理解とリスペクト

作品に対する理解とリスペクトが感じられないタイトルには、本当に悲しくなる。全く関係ない、長すぎ、サブタイトルが謎…など、「本当に見ました?」と聞きたくなる。

私の好きなドラマに「検索ワードを入力してください:WWW」(原題)というドラマがある。邦題は「恋愛ワードを入力してください:WWW」。検索をわざわざ!恋愛にしている!(そしてこのピンク!)

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このドラマは、自分の仕事に誇りをもち、日々を戦う女性たちの話だ。確かに恋愛も絡んでくるがそれは一部であり、主題はそこではない。しかもこの「検索ワードを入力してください」は物語終盤に登場する、大事な言葉なのだ。作品へのリスペクトがあれば変えられない。安易に変えてしまったように見えて悲しい。

恋愛絡みにすればいいと思っていないか

先程の検索ワードを〜にも関連することだが、「恋のなんとか」シリーズが多すぎる。そのタイトルは適切だろうか?恋愛ものというよりヒューマンドラマなのに、タイトルのせいで見るのを避けてしまう人もいるだろう。それではもったいない。

■代表作

・恋のスケッチ~応答せよ1988
「応答せよ1997」「応答せよ1994」に続くシリーズなのに、なぜか3作目のこれだけ、恋。なぜに恋。

・恋のゴールドメダル~僕が恋したキム・ボクジュ~
キム・ボクジュという名前の重量挙げ選手の女の子と水泳選手の男の子の話なのだが、これはダサい選手権優勝。どちらかというと女の子目線の話だよ。

「韓国ドラマ=恋愛もの」というイメージをいつまでも引きずらなくて良いと思う。最近の韓国ドラマはもっとスタイリッシュで、シンプルでかっこいいよ!と大きな声で言いたい。クライム・サスペンスやアクションなどジャンルも多様だ。

仮説

どうしてこのようなことが起こるのだろうか。2つの仮説を立てた。

仮説1、原題のままでは伝わらないと思っている
仮説2、日本では恋愛ものしかウケないと思っている

1については、たしかに伝わらない例もあるかもしれない。日本語ではあまりそういう表現しないよな、と思うものは変えても良いと思う。ただ大幅に変更する必要はない。

2に関しては全力で否定したい。梨泰院クラスを見てくれ〜!Netflixで配信されている作品は割と原題に則ってつけられているものが多いように思う。

どうしても言いたい

ここまで色々と疑問をぶつけてきたが、言いたいことはひとつ。

もっと視聴者を信じてほしい。

何らかの事情があったり、上からの指示等々、大人の事情もあるだろう。しかし、どんなタイトルだろうが、私たちはついていく。面白いドラマは絶対にヒットするし、口コミで広がる。新作であれば予告を見るし、タイトルから内容が想像できなくても構わない。むしろそのほうが興味が湧く。全然違う邦題をつけたところで、原題のまま呼んでいることが多い気がするし。

これから日本上陸する作品たちのタイトルが、すてきなものでありますように。苦労して作られた作品に愛とリスペクトを込めて。韓ドラファンより。