チキンカレーとキャメルのコート
いつもチラチラ覗いていたんですが、ついに自分の話を書きたくなったので書きます。
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私たちのファーストデートは、3年前の冬だ。
当時、彼とは同じシェアハウスに住んでいたので、もともと顔を合わせることは多かった。キッチンで一緒に料理をすることもあったし、ごはんを食べることもよくあった。ただ、ふたりきりでちゃんと話したことはほとんどなかった。
それでも、私は約束を取りつけた。神保町にカレーを食べに行こうと誘ったのだ。今思うと、かなり色気がない。イルミネーションでも、映画でもない。あの、カレーだ。
必死だった。なんでもいいから、出かける口実が欲しかった。それに神保町なら大学時代からよく通っていて知っているから、案内できる。
その話を会社の同期にすると、前のめりで「コンタクトにして、イヤリングをして、スカートを履きなさい!」とアドバイスをくれた。「絶対にうまくいくから!」と付け加えて。
当日、私たちはシェアハウスの玄関で待ち合わせをした。私はアドバイス通り、コンタクトにして(この頃ずっと眼鏡だった)、耳にはシンプルなイヤリングをつけた。スカートだったかは覚えていない。
彼は私を見つけると少し驚いた瞳をして「あれ、コンタクトだ」と言った。その後すぐにふい、と目をそらされたのは気のせいだったろうか。
私たちは連れ立って、神保町に向かった。着くとまず、カレーを食べた。私はチキンカレー、彼はビーフカレー。一緒にいるだけで気恥ずかしく、会話をするだけで精一杯だったので、この店はチキンカレーがおいしいよ!の一言が言えなかった。
後出しで伝えると、「先に教えてよ〜」と言われた。失敗した…!好きなものを食べてもらえばいいと思ったけど、ここはおすすめを教えてあげるべきだった!と、やたらショックを受けてしまって、このとき食べたカレーの味はよく覚えていない。
食後にコーヒーを飲みに行こうよ、と次は私のお気に入りの喫茶店に向かった。静かで落ち着いた雰囲気だから、ゆっくりするのにぴったりだと思ったのだ。でも、閉まっていた。定休日でもないし理由はわからないけれど、とにかく閉まっていた。
ああ、全てがうまくいかない。どうしてなんだろう。案内する気なら、もっと下調べをすればよかった。私といてつまらなくないだろうか。ついでにもっとおしゃれをしてくればよかった。後悔ばかりが広がった。
スマホでほかのカフェを調べながら、並んで歩いた。小さな画面を見ながらではどうしても歩くのが遅くなってしまって、でも先に行って欲しくなくて、彼のコートの端っこをつかんだ。
「ちょっと、引っ張らないで、安物だから傷んじゃう」そう言った彼の顔を見ることはできなかったけど、声の感じからして怒ってはいなかったと思う。
このとき、本当は手をつないで歩きたいと思っていたし、一瞬ではなくずっと腕をつかんでいたかった。でもとてもじゃないけどそんなことはできず、ただ「ああ、人を好きになるってことは、その人に触れたいと思うことなのだ」と急に冷静になって悟ったのだった。
私はこの日のことをよく覚えていて、簡単に記憶をたどることができる。並んで歩けるだけでばかみたいに嬉しくて、ちょっとしたことで恥ずかしくなったり失敗したと落ち込んだり。あのときの気持ちをずっと忘れない。
きっと彼はあまり覚えていないだろう。それでもいい。私が忘れずにいて、こんなふうに感じていたと、あの頃からずっと大切に思っていると、いつか言ってやるんだ。
あれから数年経った今、私たちは近くにいる。あの日彼が着ていたキャメル色のロングコートは、私たちの寝室のクローゼットにかかっている。ボロボロになるまで、触ってやろうと思っている。