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「幸せだ」って思ったら、そこで終わっちゃう気がしてた。

いつだって、欠けているもののことばかりが気にかかる。
終わったあとのこと、失くしたあとのこと。
今ここにあるものを、うまく見ることができなかった。

たとえば友達と約束をして、どこかへ出かけて、一緒に食事をして。それがどれだけ楽しくても、私はいつも残り時間ばかりを気にしてしまう。あと1時間で終電だな。そうしたらこの人はまた、この人の日常へと戻っていってしまうんだな、と考える。

ものを買う時も同じだ。新しいスカートに胸を躍らせながら、心のどこかでいつも、そのときめきが色あせた時のことを考えている。見慣れたり、汚してしまったりしていくことで、あの美しい裾のひらめきに感じた喜びを忘れる未来を想像してしまう。

だからいつも、「じゃあね」と背を向けたあとにはほっとする。買ったばかりの服が汚れると、がっかりする一方で安心する。もう終わらなくて済むし、もう失くさなくてすむことに。

誕生日も苦手だ。自分という人間の価値を突きつけられている気がする。何人が誕生日を覚えていてくれるのか、おめでとうと言ってくれるのか。
自分こそ忘れっぽくて人の誕生日は覚えていられないくせに、いざ自分の誕生日となるとそわそわする。そうして、おめでとうと言ってくれた人ではなく、言ってくれなかった人のことを考えて、落ち込んでしまう。

とんでもなく卑屈だし、自分勝手だし、自意識過剰がいきすぎている。
自分の嫌なところだとわかっているからなるべく表には出さないようにしているけれど、夜、一人で自分の部屋にいるとその思いは噴出する。
仕事もある、友達もいる、健康で親子仲も悪くない、お金にだって困ってないし趣味もある。必要なものは充分に揃っているように見える。なのに、どうしてこんなにも欠けた気持ちになるんだろう。手札を並べてみても、虚しい気持ちになるんだろう。
これ、というものが欠けているわけじゃないから人にもうまく言えない。言ったって嫌味っぽい。だから言わない。言わないけど、いつだって何かが足りなくて、さびしい。

*

土曜日、友達が泊まりに来た。
中学からの同級生で、高校も大学も同じの、もう15年以上の付き合いになる友達だ。
夜待ち合わせをしてご飯を食べて、お酒を飲んで、中学の時にはできなかったような話をたくさんした。
その後カフェに行って、先週誕生日だったので、プレゼントをもらった。これ一つで化粧が完結する、rmsのカラーパレット。その店ではアクセサリーも販売していて、とんでもなくかわいいピアスがいくつも売っていたので、つい二つ買った。
二人で家に帰ってきて、缶チューハイと、うちにあったちょっと高い紅茶と、彼女がお土産に持ってきてくれたちょっと高価なチョコレートをおともに、並んで明け方までネットフリックスで嵐のドキュメンタリーを見た。
机の上に並べてみたピアスはかわいくて、でも、私はきっとそのうち飽きて、このかわいさがわからなくなってしまうんだろうなと思った。

翌日、母校の大学近くのケーキ屋に行って、二人でチョコレートケーキを食べて、その後キャンパスにも足を伸ばしてみた。
私たちが通っていた時はちょうど大学全体で大規模な改修工事をしていた時期で、仮設のプレハブで授業を受けていたことがある。数年前に工事は完了し、老朽化した校舎はすっかりきれいになって、プレハブは跡形もない。たった数年間だけ建っていたプレハブ。冬は寒くて、歩くと軋む。大勢の生徒が歩いているから、いつも余震のように揺れていた。そんなことを知っているのは、あの数年間の間に在籍していた人間だけだ。
閉門に追い出されるようにキャンパスを出て、手を振って彼女と別れた。

その日は、別の友達から「スプラトゥーンを買った」という報告のLINEがきた。
年末にSWITCHを買った時に私はその人に、いつかスプラトゥーンをやりたい、という話をしていて、それなら自分もやろうかな、という会話をしていたのだ。先を越される形になって、その人から早くスプラトゥーンを買うように促された。

帰宅すると、好きな配信者がゲーム配信をしていたので、それを流しながら読みかけの本を読んだ。本を読み終えて、ふと目をやると昨日買ったピアスが机の上に並べたままになっていた。それは昨日、ショーケースに入っていた時から色あせることなく、かわいかった。

あれ、今、全然寂しくないかもしれない。
と思った。
だってこんなに、好きなものや、人や、出来事や、約束に囲まれている。
全てがあるわけじゃない。でも、ちゃんと足りている。満ちている。

*

思春期から大人になってからも付き合いが続いていて、中学のむかつく先生のことから、寒いプレハブで講義を受けた話までいっしょくたに話せる友達がいる。
4月に、大好きな後輩の女の子の結婚式に呼ばれている。たぶんめちゃくちゃかわいいドレスを着るであろうその子の晴れ姿を見るのが楽しみすぎる。
次回の文学フリマにまた出店予定だ。また一緒に本を作ってくれる人がいる。おもしろい企画や名前が既にいくつも挙がっている。
ゲームをやりたいと言ったら付き合ってくれそうな友達がいて、飲みやカラオケに定期に行ってくれる友達がいる。
好きなものについて怒涛のように語るのをニコニコしながら聞いてくれる人がいる。原稿が書けなくて「助けてくれ」と弱音を吐ける相手がいる。誕生日におめでとうって連絡をくれた人たちがいる。
私の文章を読んでくれる人がいて、それをおもしろいと言ってくれる人がいて、会ったこともないのに好きだとかまた読みたいと言ってくれるひとがいる。それをきかっけに仲良くなった人がいる。
そういうことが、蛇口をひねったみたいに次々と思い浮かんで、溢れた。

あれ。全部あるな。
私ちゃんと持ってるな。
もしかして、幸せかな。
それを怖れる必要なんか、なかったのかな。

今まで見えなかったことが、足りないほうにばかり目がいって、見ることができなかったものが、目の前いっぱいに展開されていくようだった。

*

満たされたら、そこで終わってしまうと思ってた。

新しいことに挑戦することも、大きな夢を持つことも、叶いそうにない事に手を伸ばすことも、できなくなる気がしてた。
満たされたら、もうここでいいや、と立ち止まってしまうと思ってた。
それが嫌だった。いけるところまでいきたかった。できること、やりたいこと全部やりたかった。貪欲でいたかった。
これでいいやと思って生きるなんて、そんなの死んだ人と同じだ。それなら、満たされないことを恨みながら苦しんで生きるほうがよっぽどましだ。

足りないものを追いかけて貪欲になってこそ、もっと先へいけるんだと思っていた。そのためには、心を揺さぶるためのすきま風のような寂しさが必要だと思っていた。
手に入れたものよりも、手に入らなかったものの方が大事だった。満たされないほうがよくて、欠けた部分を探しては寂しいと言った。
ずっと、そう思ってきた。

年末、エッセイを一本書いてコンテストに出した。
公開直後からリアクションが大きくて、見たことないほどPVが伸びて、手ごたえがあった。正直「とれる」と思った。
年が明けてからしばらくして、受賞を知らせるメールが届いた。メールを見た瞬間、とてつもなく嬉しかった。
でも直後に、受賞した賞の頭に「最」がついていないことに気づいた私はいっぺんにがっかりした。一番いい賞が欲しかったし、うぬぼれを承知で、とれるところにいると思っていたから。
それから今日まで、私が感じていたのは、喜びよりも、ああ、一番が欲しかったなって、そればかりだった。

だけど今素直に、嬉しいなと思っている。
優秀賞って、すげえじゃん。って思っている。
もちろん、最優秀賞が欲しかったのは変わらない。
っていうか、私の書いたやつめちゃめちゃいい文章だっただろうが! 一等賞くれよ! という気持ちはめちゃめちゃある。悔しいと思うこと、欲しいものに貪欲な気持ちは常にマグマのようにボコボコと沸いている。
でもそれは、幸せにケチをつけるためのものではない。
そんなふうには、もう使いたくない。

両親の気持ちを引きちぎるみたいにして家を出た日のこと。罪悪感とともに暮らした日々のこと。
感謝できなかったたくさんのこと。無下にしてきたたくさんのこと。
取り返しのつかないことをしでかして眠れなくなったこと。
好きだったものを素直に好きだと言えなくなってしまったこと。
数えきれないほどの間違いがある。でも全部を積み重ねて今があって、話を、言葉を聞いてくれる人がいる。

たくさんの人が読んでくれたんだなあ、と思う。
読んで、いい文章だと思ってくれたんだなあ、と思う。
受賞作品が発表されて、「この文章好きだった」って言ってくれた人がたくさん現れて、驚いた。それってすごいことだし、ありがたい、とシンプルに思う。

いつも私の書いたものを読んでくれる人、ありがとうございます。
ずっと仲良くしてくれている友達も、ありがとう。誕生日おめでとうって言ってくれた友達はもっとありがとう。

それから自分も、誕生日おめでとう。
年を取ること、誕生日がくることが、自分の可能性が減っていくのを見るようで怖かったけど、悪いことばかりじゃないのかもしれないよ。
そして、優秀賞もおめでとう。学生の頃は賞なんて無縁だったのに、去年、今年と二つももらえるなんて信じられないね。
最優秀賞取れなくて悔しかったよな。でも、賞をもらえたってことは、君の文章はけっこういい感じなんだと思うよ。次は全員蹴散らして、文句なしの一番をとろうぜ。

だから今は素直に、おめでとう、よかったね、でいいじゃないか。
欠けたものばかり見るなよ。
満たされても大丈夫。
だってまだまだ、書きたいことも欲しいものもたくさんある。

*

「はじめて借りたあの部屋」コンテストにて、優秀賞をいただきました。

渾身の力で書いた文章を評価していただくことができ、嬉しいです。
読んでくださった方、選んでくださった方、ありがとうございます。
読んでいない方は、けっこういい文章だと思うので、よかったら読んでください。

まだまだ書きたいことがたくさんあります。
これからもよろしく。

#エッセイ #生活 #はじめて借りたあの部屋


ハッピーになります。