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夢のお城に住みたいの−池辺葵『プリンセスメゾン』

 居酒屋で働く 20代女性の「沼ちゃん」。彼女はモデルルームの見学会に足繁く通う常連だ。カップルばかりが参加するファミリー向けの高級マンションの説明会に、見るからに若く、お金もなく、しかも一人で参戦し続ける沼ちゃんは、周囲から奇特の目で見られつつも、やがて顔なじみとなった不動産屋の面々と交流を持つようになって……。
『プリンセスメゾン』は、そんな沼ちゃんを中心とした、様々な立場、年齢の独身女性と彼女たちの家について描いた群像劇だ。

 沼越幸。 20代女、独身、年収は250万、住んでいるのは古いアパートの 1階。ちなみにコンロは一口。
 そんな設定を聞いたら、もの悲しさとしょっぱさで眉と口角が下がってしまう。
 それで家を買おうって、なんか悲しすぎない? なんで買いたいと思ったの? そもそも本当に買えるの? そんな後ろ向きで虚しい気持ちばかりがぶくぶくと湧いてくる。
 そもそも夢のマイホームなんて言うけれど、「家を買う」ということを現実的に考えようとすると途端に堅苦しく、重苦しいことに感じられる。日の当たるリビングだの広いキッチンだのに夢を見る前に、 35年ローンだとかこれでもう仕事辞められないだとか、それでも大した家には住めないだとか、そういうネガティブな方にばかり目が行ってしまう。

 でも、沼ちゃんにはそんな悲壮感は全然ない。別に現実逃避して夢を見ているわけでもない。
 彼女は一人でモデルルームに通い、設備や素材や値段について勉強する。不動産屋と顔見知りになるくらいの常連さんである彼女の知識は、新人社員など軽く凌駕する。
それから、自分の年収で受けられる銀行の融資額を調べる。どんな家に住みたいか、具体的な条件を――二口以上のコンロだとか調理スペースがあるだとか――を書き出す。候補の駅に足を運んでみる。そうやって、自分で叶えられる「理想の家」を一歩一歩具体的なものにしていく沼ちゃんの姿を見ていると、なんだか希望が湧いてくる気がする。自分の住みたい家を探すのなんて、絶対楽しいじゃん! という気持ちを思い出させてくれる。

ローンとかウン千万とか言う前に、家は自分が生きていく拠点なのだ。カーテンを何色にするか、ベッドをどこに置くか、何を作って何を食べ、誰を呼ぶか。そこで何を考え、どんな時間を過ごすのか。そういう、生身の体温が宿る場所なのだ。

 どんな家に住むかを考えることは、どんなふうに生きるのかをを考えることに繋がっている。
おとぎ話のお姫様が住んでいるような宮殿に住むことはできなくとも、小さな理想を一つ一つ叶えた家はその人の城になる。それを見つける道のりのわくわく感や期待が、『プリンセスメゾン』というタイトルのかわいらしさに力強く込められているように思う。
「彼女、家買えるといいな」
一途で前向きな沼ちゃんを見守る、周りの人たちの目線が優しい。

#書評 #漫画 #マンガ #池辺葵 #プリンセスメゾン

ハッピーになります。