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誰が誕生日ケーキを作るか

自分で自分の誕生日ケーキを作る。何をどう料理しようが型を破ろうが、誰も文句を言わない。堂々と思いつきを試せるチャンスでもある。どうせ買うか作るかの2択なのだから、作った方が楽しいに決まっている。 

自分のためのシャルロットロワイヤル

子どものころは、自分と弟の誕生日とクリスマス以外にホールケーキを買ってもらえることはなかった。ごちそうには理由が必要で、私はその3日以外にホールケーキを買ってもらう理由を提供できない普通の子どもだった。ケーキをホールで食べるチャンスは2月と5月と12月の年3回。2月は弟の誕生日があり、5月の自分の誕生日には弟をうまく丸め込んでケーキの半分以上を自分のものにする。何しろ次のホールケーキが来るクリスマスまで7か月以上ある。弟はチョコレートケーキを好んだが、私はいちごのショートケーキ一択で、ケーキはいつもちょっとやそっとではなくならない程度の大きさがあった。
 
小学校の低学年までは、商店街にあるパンと洋菓子を売る店で誕生日のケーキを注文していたが、あるときからケーキ専門店で買うようになった。母がどこからかその店の情報を得て、「ちょっと店を変えてみないか」と提案してきた。実際、新しいケーキ屋のケーキはこれまでのものとは別物だった。ベースのスポンジケーキは、ふわふわでありながら、より味が濃くしっとりとしていた。クリームはこれまで食べていたものとは次元の違う食品で、最初の一口を食べたときのやわらかかつなめらかで濃厚な衝撃は忘れられない。子どもでもケーキのレベルが上がったことはすぐにわかった。クリームはバタークリームから生クリームになったのではないかと推測するが、それが植物性だったか動物性だったかまでは今となってはわからない。でも、あの未知の食感は動物性のクリームだったのではないかと思っている。 

自分のためのマンゴとパッションフルーツのームースケーキ

大人になると、お気に入りのパティスリで気になったものを複数個買い、宝石のようなケーキをテーブルに並べて、まずは目で楽しむ。全部自分のものだという満足感も手伝って、見るだけでも8割くらい満たされてしまう。紅茶をたっぷり用意する。どのケーキからスタートすべきか、味の濃淡やバランスを考えながらしばらく観察し、迷いフォークのごとく、あっちをつっつきこっちをつっつき、プロが作った繊細な洋菓子の世界に埋没する。誕生日には会社を休み、大人買いができる幸せをかみしめていた。
 
そんな誕生日がしばらく続いたが、あるとき家族が増えた。雑務が数十倍にふくれ上がり、自分のためのケーキを買いに行く余裕はなくなる。2年後にはまた家族が増え、ますます余裕がなくなり、しばらくは自分の誕生日ケーキどころではなかった。
新たな家族が保育園という社会生活をスタートさせると、こっそりケーキを買ってきたり食べに行ったりするようになる。ただ、こそこそするのもだんだんと面倒になってきたので、自分の誕生日には自分でケーキを作ることにした。
 
自己流とはいえ、小2から自力でお菓子を作り続けてきた。レシピ本の読めない漢字は母に聞き、「適量」「少々」「とろみをつける」など、子どもには難しすぎる用語を自分なりに読み解こうと試みて、たくさん失敗を重ねてきた。そんな経験をもとにケーキを作りだすのは、思いのほか楽しいことに気づく。どうしてもっと早く始めなかったのだろう。ノートに書きためてきたレシピは、走り書きのままで解読できない部分もあるが、パーツを組み合わせて型に合った分量に整えていく。レシピは電卓なしには完成しない。 

自分のためのフルーツドームケーキ

構成を考えるのは、だいたい早朝のランニングをしているときが多い。ケーキのベースを決めて、それから細部を詰める。ベースはパイ系にするかアイス系にするかムース系にするかクリーム系にするか、組み合わせの味はどうするのか、チョコレートや果物は使うのか、最終的な見た目はどのようにするのかなど、走りながら考えていく。すべてを走りながら決めていくわけではなく、ぼんやりと考えていると、一日のふとした瞬間にアイデアが浮かぶことがあるので、それを絵にかいたりメモしたりしていく。書き起こすとまた新しいアイデアが生まれたりする。あまり面倒なものは作らないが、一度、パイを使ったアイスクリームケーキを考案して作ったことがあった。手持ちの型ではうまく収まらず、工作用紙で型から作ることになり、逆折りのパイ生地、大量のアイスクリーム、ベリーのジャムとそのゼリーなど作って、見た目の割に大変な作業になってしまった。なぜ逆折りパイかといえば、パイ生地がアイスクリームで湿気るのを最小限にとどめて、サクサクに仕上がるためだ。バターを外側にして折り込む逆折りパイ生地を作るだけで2日かかる。時間をかけたかいあって、全体に良い出来だったので、小さめのサイズでいつかまた作ってみようと思う。 

工作用紙で型から作ったアイスクリームパイ


誕生日ケーキは家族全員分を作っているが、それぞれに思い入れがあり、いつか子どもが外で買ったケーキがいいという日まで作り続けるつもりだ。

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