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歩くひと

ぼんやりテレビを見ていた、というか具体的に言えばテレビをつけっぱなしで考え事したりiPhoneいじってたり飲むヨーグルトのんだりゴロゴロころがったり背中を掻いたり闇雲に髪の毛を三つ編みしつづけたりしていた。

用事もなく音楽も聴けない気分のときにはこんなかんじ。だけどつけっぱにしていたNHK-Eテレ、ちらっと目に入ったシーンに引き込まれた。海だった。

その海は、ひたすら浜辺があり海があり空があり。そして人の気配がないのである。主人公が「ちょっと歩いてくるよ」と言って歩いてたどる場が、なんとも静謐でそして美しいけど非日常な気味の悪さもあり、心を奪われるのだ。ふと景色の色合いに寺山のATGの「田園に死す」を思い出したり。かと思えばわたしが普段大好きなウォーキング途中に、人が誰もいなくてきれいな景色を独り占めする瞬間の高まりにも似ていたりして。はあ、って心地よくため息をつきながら画面をみていた。

「歩くひと」というドラマらしい。

ウォーキングとかしてる時、ご近所ならばご近所さんに挨拶をしたりするので、人とのつながりのなかにある、というか社会にあるきもちになる。しかし歩みを進めて自宅から遠ざかると、ほぼ誰も知らないし話もしない。そのとき「およそ」にいるじぶんを感じ、みじかな非日常を感じ、目に映る人々がドラマのように見えてくる。

まさに「歩くひと」の主人公がイヌを知らない女性に押し付けられても意見一つせずにぼんやり預かってみたり、お豆腐屋さんのおばあちゃんに執拗にありがとうございますと手を振られても丁寧にぺこりぺこりとしていたりするあの気分だ。コミュニケーションをとっているシーンのはずなのに、どこか夢のなかで景色をみているような感じが、ふだんわたしが2時間も3時間も歩き続けて目にしているものと近い気がして。ぐっと惹かれた。

ちょっと歩いてくる、というのは仕事でもなければ人との繋がりを保つための努力でもない。ただひとり景色を浴びてそしてどこか孤独でそれからカタルシスがあるものなんだよなあ、とこのドラマ独特の素晴らしい映像を観ながら感じた。雄大だが元の世界に戻れるのか不安にもなる自然のきれいさ、錆びた標識やガードレールの時代を渡ってきた感や渇いた温もり、樹々の力強く生々しいすがた。そこで孤独を抱き締めているのが心地よかったり、ひたすら全身全霊洗われる気分になったり。歩くのはすてきだ。

コロナ禍では街のなかに繰り出したりがあまりできないから、そして健康を維持したいからウォーキングを始めたが、意外にも歩くことで感じるものはとても面白く宝になっている。ドラマ見ながらそんなことを感じていた。

「歩くひと」は原作は谷口ジローさんの漫画。読みたい。



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