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履歴書の空白期間をポジティブに捉える。「キャリアブレイク」という新しい選択肢

一時的な休職・離職を肯定的に捉える「キャリアブレイク」を知っているだろうか。元々は欧州で広まった考え方で、2022年にLinkedIn(リンクトイン)が職歴にキャリアブレイクを追加する機能を搭載したことでも話題になった。今回は、キャリアブレイクを日本でも身近にするために、兵庫県神戸市を中心に様々な活動を行っている高橋沙耶さん(30)に話を伺った。

今回話を伺った高橋沙耶さん。

無職をおもしろがる
広がるキャリアブレイクの活動

「大学を卒業してからは貿易事務として6年間働いていたんですが、コロナの影響があって会社全体で仕事が少なくなってしまった時期がありました。その時、会社や社会の中での自分の役割がなくなっていくのを感じて、とても苦しくなってしまって。昔から海外旅行が好きでよく行っていたんですが、それができなくなってしまったことも重なって、さらに精神的に追い詰められたなと感じています」

憂鬱な時期が続いていた中で、自分の人生を見つめ直したいという思いでキャリアブレイクを選択したと言う。

「金銭的な心配もあったんですが、パートナーの支えもあり、一旦働くことから離れようと退職しました。2年間ほどキャリアブレイク期間をとって、今はその期間で感じたことなどを元におかゆホテルの運営などの活動をしながら、並行してエンジニアとして働いています」

会社員として働く傍ら、キャリアブレイクについて発信している高橋さん。どんな活動を行っているのか、具体的に伺った。

「最初にパートナーと一緒に始めたのがおかゆホテルです。休職・離職している方や、現在働いているけど悩んでいるという方に向けての宿として、自宅の一部を使って運営しています。今は一時的に休止しているんですけど、2階の窓から海が見える部屋を客室にしていて。日常からちょっと距離を置いて一休みできるような空間を宿として提供しています」

人生に立ち止まりたくなった人のための宿、おかゆホテル。宿泊以外にも月に1回「おかゆのつどい」という会を開催していると言う。

「今モヤモヤ悩んでいる人たちが、家族や友人、会社の人など普段接している関係性ではなく、第三者の私たちや同じ環境の人たちと、言葉や考え方の交換をし合える場としておかゆのつどいを開催しています。参加してくれる方は皆さん初対面の方がほとんどで、話すテーマについても特に決めていないんです。それぞれ自己紹介や今の状況などを話したり、共通するところがあれば深掘りして話したり…といった形です」

おかゆのつどいは1回1,500円で参加可能。おかゆのつどいで出すお菓子を作っているのもキャリアブレイク中の女性だと言う。

おかゆのつどいは自宅のリビングを使って開催している。

おかゆホテルをきっかけにどんどん活動が広がっていき、賛同してくれる仲間が増えたこともあり、「一般社団法人キャリアブレイク研究所」を設立。高橋さんと夫の北野貴大さん、東さん、ハルさんの4名を中心に活動。他にも「むしょく大学」「月刊無職」などの事業を展開している。

「むしょく大学はキャリアブレイク中の人が集まって、様々なワークを通じて学び合う場として運営しています。過去や今の気持ちを整理する『供養学部』と学びの時間を通じて感性を回復させていく『自由研究学部』という2つの学部を用意していて、オンラインを主体に、たまにオフラインでも授業を開催しています」

入会条件はなく、入学金も授業料も無料。気が向いた時だけの参加で問題ないそうだ。

「月刊無職はオンラインストアで販売している月刊誌で、1部300円。購入したらコンビニに行って自分で印刷してもらうスタイルです。休職・離職中の方が散歩がてらコンビニに行って外の空気を吸い、おやつでも買って帰って家で読んでもらえたらいいなと思っています。内容としては、今休職・離職中の方や、経験された方が無職ライターとして、自分の体験談や考えなどをありのままに書いていくといった形です。キャリアブレイクのリアルが詰まった情報誌って感じですかね」

一般社団法人キャリアブレイク研究所メンバーの東さんを中心に、他にも「無職酒場」というイベントも行われている。無職の人は飲食無料、有職の人だけが支払うというユニークな取り組みだ。不定期かつ場所も固定せず開催しているが、今では全国の居酒屋から「うちで一緒にやりませんか」という問い合わせが来ているそうだ。

「アイデアを最初に聞いた時、私もかなりおもしろい取り組みだなと思いました。一般的に無職って言うと怪訝そうに見られたり、心配されたりするじゃないですか。だけど無職酒場では無職をポジティブに捉えておもしろがる。発想の転換がおもしろいなと思いましたね」

活動のきっかけは
自分のキャリアブレイク経験

「おかゆホテルを始めたきっかけはシンプルで、私がそういう場所がほしかったからなんです。新卒で入社した会社で2年働いた後に1度転職をしているんですけど、辞めたくなったのが入社して1年経たない位で。世間一般的には3年働かないと、みたいに言われているし、そもそもスキルも身についてないから転職もできないんじゃないか、って悩んで苦しい時期があったんです。その時、そういうモヤモヤした気持ちを誰に話していいかわからなかったんですよね。転職エージェントやハローワークに相談すると、結局転職を斡旋されるし、友達や家族に話すと心配されたり、まだ1年も働いてないのにと怒られたりして。2社目の会社を退職した時はパートナーに相談したんですけど、変に心配しすぎずに割と淡々と話を聞いてくれて。その時に、こんな風に話を聞いてくれる人がいるとこんなに意思決定が楽になるんだって思ったんですよね。就職1年目で悩んでいた時も、淡々と自分の気持ちを受け入れてくれる場があったら楽だったんじゃないかな、そういう場所がほしかったなと思っておかゆホテルを作りました」

自分の経験を元におかゆホテルを立ち上げたと言う高橋さん。活動をしていく中である疑問を感じるようになった。おかゆホテルに来てくれた人たちには喜んでもらえるが、あくまで数人に対してのアプローチに限られてしまう。休職・離職者の方の話を聞く中で、当事者だけの問題ではなく、企業や家族、大きく言うと世間の目など当事者を取り巻く環境も改善していかなければいけないと思ったと言う。そのためにはもう少しスケールを広げて情報発信をしてきたい。そんな思いの元、キャリアブレイク研究所にジョインした東さんとハルさんのアイデアから、むしょく大学と月刊無職はスタートした。

「大学生の頃イギリスに留学したことがあるんですけど、イギリスではギャップイヤーと言って高校卒業から大学入学までの間を1年空けて、ボランティア活動や旅行などをして過ごす期間があるんですよ。大学に入学した後に、専攻を柔軟に変える友人もいて。イギリスでも昔住んでいたシェアハウスでも、柔軟にキャリアを変えていく人たちをたくさん目の当たりにしていたので、そういうのいいなあっていう思いはずっと頭の中にあったと思います」

どんな状態の人も受け入れる
それがおかゆホテル

最初に始めた活動であり、全ての活動の起点にもなっているおかゆホテル。そんなおかゆホテルのコンセプトについて伺った。

「コンセプトは『おかゆ』に結構詰まっていると思います。おかゆって病気の時とか食が細い時とかに食べるイメージだと思うんですけど、元気な時に食べても美味しいですよね。受け入れる範囲が広いなと思っていて。味も薄すぎず濃すぎず中立的だし、色も白で余白がある。そんな風に、どんな状況の人でも受け入れるような、人生の中でのおかゆみたいな場所にしたい、というのが1番のコンセプトです。人生の中で、元気だったり病んでいたり、いろんな時があるじゃないですか。どんな時でも立ち寄れるような、受容性の高い場所でありたいなと思っています」

おかゆホテルに宿泊すると朝食におかゆが出ると言う。お店に行かなくても、家でも簡単に作れるおかゆ。頑張らなくても手に入るのに、受容性が高い。おかゆホテルのありたい姿に近いと高橋さんは言う。

ある日のおかゆのつどいの様子。

おかゆホテルには休職・離職中の人だけでなく、働いている人も同じ位訪れるそうだ。中には毎月訪れる方や、3か月前の自分との変化をチェックするために、定点観測的に来ている方もいると言う。おかゆのつどいは毎回Instagramやnoteで告知。参加したい方からはDMやメールアドレスで連絡をもらうそうだ。今回、初回からほぼ毎月参加しているという齊藤里莉子さん(24)にも話を伺った。

「新卒ではIT企業に就職したんですが、環境が合わなくて適応障害になってしまい、入社した年の12月に休職することになりました。当時、周りにメンタル不調になっている友達もいなかったので話しづらくて、すごく孤独感を感じていたんです。同じように休職している人のSNSを探すなど情報収集していた時におかゆホテルを知って、とにかく誰かと話したい!という思いからおかゆのつどいに参加しました。周りの友達に理解してもらいづらいのもあるんですけど、社会で頑張っている人の話を聞くと、罪悪感を感じたり辛い気持ちになってしまったりすることもあって。おかゆのつどいには同じ状況の人がたくさん来ているので、自分が休んでいることを後ろ向きに捉えなくていいんだ、という安心感が心地よくて定期的に参加するようになりました。また、定期的に自分の考えをアウトプットしたいというのもありますね」

現在はフリーのデザイナーのアシスタントをしながら、ホテルでアルバイトをしているという齊藤さん。デザインの道を進むことになったのも、おかゆホテルがきっかけだと言う。

「休職期間中、体調が良くなったら転職活動をしようと思っていたんです。だけどおかゆホテルに来て、キャリアブレイクをしている人にたくさん出会ったことで考えが変わりました。キャリアブレイクをしている人たち全員、とても明るくて毎日楽しく過ごしているんですよ。それを見たら、『こんな生き方もありなんだ』と思えました。それをきっかけに会社を退職して、元々興味があったデザインの勉強をするために学校に行くことを決意しました」

キャリアブレイクの期間を経て、心身ともに休んでパワーアップするとともに、自分にとって必要なことの取捨選択ができたと言う齊藤さん。おかゆホテルで知り合った人たちとはいまだに交流があるそうだ。

おかゆホテルにはいつもたくさんの人が集まる。

「今はSNSやnoteなどで交流する位ですが、何度かおかゆホテル以外でも会って、気づいたら仲良くなりましたね。失業保険や住民税のこととか、情報交換もよくしていました。今デザイナーのアシスタントをさせてもらっているのも、就職活動中に相談に伺った方が、後日一緒に働こうと言ってくれたのがきっかけなんです。自分の弱さをさらけ出したことで、縁が繋がって、今後困った時に助け舟を出せるところが増えたなと感じています。私のキャリアブレイク期間は結果的に良い形で終わりましたが、最中は綺麗に終わらなきゃ、という自分の中でのプレッシャーがすごかったんです。でも今思うと、終わり方はどうあれ過程が大事で、結果的に何も変わらなかったとしても、キャリアブレイクしたこと自体がその人にとって意味のあることだと思うんです。それはキャリアブレイク中の人やこれからその予定がある人に対して伝えていきたいですね」

人生のオーナーシップを
「会社」から「自分」に

ご自身もキャリアブレイクを経験され、キャリアブレイクを経験している人たちともたくさん話をされている高橋さん。改めてキャリアブレイクとは何か、話を伺った。

「キャリアブレイクの捉え方として1番良いなと思っているのは、自分の人生を主体的に作っていく、オーナーシップを持って自分の人生をハンドリングしていくところかなと思っています。主語を会社とか他のところに投げていたのを、もう少し自分寄りにしていくためにいろいろと試行錯誤していくのがキャリアブレイクの醍醐味かなと。あとは『おもしろがる』っていうスタンスは大事かなと思っています。やっぱり休職中や無職の方への働きかけと言うと、就労支援とか弱者救済とか、そんな風に見られがちなんですけど、それには違和感があって。キャリアブレイクは自分の意思でやっていることなので、変にアドバイスもいらないし、心配するよりおもしろがってほしいっていうのがありますね」

また、いつかもう1度キャリアブレイクをしようと考えていると言う高橋さん。高橋さんにとってキャリアブレイクとはデトックスに近いとのこと。これまで積み上げてきたものは残しつつも、やらなくてもいいことなどは省く。定期的にリセットして生きていくことが大切だというのが高橋さんの考えだ。

「おかゆホテルやむしょく大学などの活動は、サービスを作っているという意識はなく、むしろサービスしすぎるとその人の主体性が奪われると思っていて。キャリアブレイクの期間はどうしても不安がつきまとうので、話を聞くことは大事だと思うんですが、アドバイスはしすぎないようにしています。不安を誰かに解決してもらうっていうよりも、不安と自分がどう向き合って対処していくかを学んだ方が今後より生きやすくなるはずなので。付き添ってサポートするというより、一緒に考えていこうという姿勢でいるようにしています」

「キャリアブレイク」を
人生の選択肢の1つに

ご自身の経験がきっかけで始まった活動がどんどんと広がっていき、今や様々なメディアでも取り上げられるように。これからどんな活動をしていきたいのかについても話を伺った。

「おかゆホテルは今、自宅の一部を間借りしてやっている形なので住所も非公開で、とてもクローズドなんです。今後は思い立った時にすぐ寄れるようなオープンな場所を持ちたいなと思っていて、計画を進めています。あとは、今までの活動は形のないものばかりだったので、最近はプロダクトを作りたいという話をしています。例えば、キャリアブレイクする人に対して送るギフトとか。やろうと思えばいろんなものが作れるなと。自分たちがおもしろがれるものを展開していきたいですね」

高橋さんに今回話を伺う中で、何度も耳にした『おもしろがる』という言葉。自分の人生をおもしろがる、キャリアブレイクをおもしろがる。それが高橋さん含め一般社団法人キャリアブレイク研究所が大事にしていることだ。

「休職・離職をする時って視野が狭まっていたり、マイナスの方向に考えがちだったりすると思うんですけど、そういう時こそちょっと引いて考えてみてもいいかなと思っています。人生100年だとしたら、1年休んだとしても100分の1なんで。そう思うと少し楽になりますよね。とは言っても、キャリアブレイクって精神的にも金銭的にも不安や恐怖が大きいものでもあるので、全ての人におすすめできるわけではないと思っています。その人の状況によっては選択しない方がいいケースもあるし、実際キャリアブレイク研究所のメンバーも、キャリアブレイク未経験者と経験者は半々なんです。みんなやった方がいいよ!というよりは、選択肢の1つとして頭の片隅に置いておいてほしいなと。今すぐでなくても、本当に辛くなった時にその選択をとれるんだ、と思うだけで少し楽になるんじゃないかなと思っています。そのためにも、キャリアブレイクのモデルケースというか、こんな人もいるんだよ、というのを今後も発信していきたいなと思います」

昨今、働き方の多様化が進んではいるものの、いまだに休職・離職することに対して、周りから理解されなかったり、過剰に心配されたりということが多いと思う。人生100年時代、長い人生の中で見たら一時的な休職・離職期間は小休止だ。自分の人生をよりおもしろくするために、「キャリアブレイク」を1つの選択肢として考えられる世の中になってほしい。

第46期 編集・ライター養成講座 総合コースの卒業制作として作成。

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