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言ってくれればよかったのにー!

 ※排泄系が苦手な方は、自己責任でお読みください。

 山河勇気は、愛と結婚して8年になる。仕事柄出張が多く、離れて過ごす時間も長いが、勇気は愛を想うにつけて、文字通り「愛」と感謝が湧き上がってくる。日本人男性にしては珍しいと言われるが、勇気は愛を人前で褒めることも躊躇わない。

 二人の出会いはシンガポール。勇気は当時、映像制作の会社で音声をやっていた。スタイリストであった愛は、その小柄で愛らしい顔立ちとは裏腹に、現場の空気を引き締めるような存在感があった。よく気が利き、それぞれの案件が最も良い形で成されるように心を尽くすことのできる女性だった。日本に帰ってきた今も、周りの仕事仲間は皆、彼女の気立ての良さと容姿を、口を揃えて褒めちぎる。

 勇気はつくづく、愛と出会ってから人生が全て上向きになった、と感じる。プライベートが楽しくなったのはもちろんだがそれ以上に、とにかく仕事が舞い込むようになった。家で待っていて、ご飯を作ったり洗濯をしたりして支えてくれる、というわけではないが、彼女の仕事に対するストイックさに自分も触発される、という意味で、支えられている。ややもするとだらけそうになる自分の、首根っこを捕まえてくれるような存在だ。

 今でこそ日々笑い合って面白おかしく生きる二人だが、付き合いはじめの頃、勇気は愛があまりにも可愛くて愛しくて、穢してはいけない存在のように感じていた。
 シンガポールから隣のマレーシアはクアラルンプールに旅行した際、二人はユニットバス付きのホテルに泊まった。茹だるような暑さのクアラルンプール旧市街を歩き回り部屋に帰ってくると、愛はすかさずシャワーを浴びたがった。勇気はベランダでタバコでも吸って、待っていることにした。暮れゆく熱帯の太陽をぼーっと眺めていると、勇気は急に便意を催しはじめた。ニコチンが蠕動運動を促したのだろう。勇気は慌てて部屋に飛び込んだ。が、しかしユニットバスルームには、愛がいる。あんなに可愛くて愛しくて無垢でまばゆくて自分にはもったいないような愛がシャワーを浴びる横で特大のウンコさんをかますわけにはいかない!!
 そうこうしているうちに、勇気の腸は勇気の意思に反して大便を押し出し、勇気の括約筋たちは、それを止めようともしない。穿いていたサルエルパンツに、勇気は全てを出し切った。
 まずい!愛がシャワーに入ってだいぶ時間が経つ。もうすぐ出てくる頃合いだ!
 勇気はサルエルパンツをガバッと剥ぎ取り素早くまとめ、ビニール袋に入れ口を縛り、ゴミ箱の奥底に沈めた。たまたまテーブルの上に置いてあったウェットティッシュを二、三枚引きちぎり、穴を拭き、それもまたゴミ箱の奥底に沈めた。どうか匂いが漏れ出しませんように。
 勇気はスーツケースから別のサルエルパンツを取り出し、それに着替えた。シャワーから出てきた愛とは、何事もなかったように接した。

 数年後、シンガポールから日本に帰国するにあたり荷物を整理していると、マレーシア旅行のアルバムが出てきた。
 勇気は思いきって、あの時、全てを出しきったのだと打ち明けた。愛はケラケラ大笑いしながらこう言った。
「言ってくれればよかったのにー!」

私は、文章を書く時、だいたい自分の経験から書きます。したがって、いただいたサポートは、今後も様々な経験をしにいくことに使わせていただきます。