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そこにある青

何度も見に行こうと誘った紫陽花は、もう機を逃してしまった。去年の秋頃から、来年こそは紫陽花の名所に行きたい、と口にしていたはずだけれど、いざ季節になっても真司の腰は重く、梅雨入りしてからは雨が延期の口実になり、そのうちにカンと抜けるように晴れ渡った日が前触れもなく寄せてきて、同時に梅雨を押しだしていった。朝のニュースで間の悪い梅雨明け宣言を知り、愛理は心底がっかりした。 「もう紫陽花の見頃、終わりだよ、梅雨、明けちゃったよ」 ふがふが言って真司にまつわりつく。後ろから抱きつく

    • 帰り道

      目の前で猫が轢かれた。 轢かれる猫を見るのは初めてだった。彼らはいつだって、車の波をすり抜けていく。当然のように。 ぱん、とあっけなく轢かれた猫は、道路の上で、しばらく跳ねた。どこかに力を入れ、動かそうとしている。足の根、あるいは足先。引き攣れ、もつれ、絡まり、不自然に震えたかと思えば、糸で吊られたかのように跳ねる。深更の幹線道路は、濡れたように黒が濃く、アスファルトは鈍く光る。街灯がスポットライトで猫を照らしだす。猫は踊っているように見えた。ひとしきり踊り、やがて、静かにの

      • 夜にはなれて

        あの星が君だよ、と君が言うので、今ここにいる私を遠く過去の光にたとえるのはどういう了見かと問うと、君は困った顔をした。過去の記憶。 夜はどうしても薄目になる。日中一生懸命開いていた目が、一日の労働に耐えかねて、きゅ、と小さな点に向かって、収斂していく。そして、日がとじる。縮んでいく目に目蓋をかぶせれば、私の世界は一気に夜のふりをする。目蓋をひらくと、まだ夜は来ていない。君は、隣で寝息を立てている。健やかな生きもの。 君たちはすごくあっけらかんと、事が済めば昼をひきずることも

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