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日本の教育ヴィジョンを知ってるかい?

前回の記事で、
・市長さんとのタウンミーティングなるものに参加してきたこと
・そのときの様子
・佐渡市の教育ヴィジョンについて質問をしてきたこと

を紹介させてもらった。

ただ、書いた後にふと気づく。

「なんで、ヴィジョン?」
「ヴィジョンって大事?」
「ヴィジョンとは?」

そんなふうに感じる方もいるかもしれないと…。

実は、このヴィジョンがめちゃくちゃ大事なわけなんだけど、
そのヴィジョンがわからず迷走、葛藤していたのがほんの数年前のわたし。

何を隠そう、わたし自身が
「なんで、ヴィジョン?」
「ヴィジョンって何?」
的な感覚だったからよく分かる。

なので、今回の記事では補足というか、
なんでわたしが
佐渡市の教育ヴィジョンについて市長さんにぶつけてきたか

その裏にあった想いを書いてみたいと思う。

教育ヴィジョンと“どんな国にしていきたいか“はセット

教育って、そもそも国づくりなんですよ。

セット。

だから、本来は
どんな教育をしていくかを考えることは、
どんな国にしていきたいかを描くこと。

切っても切り離せない関係性。

この感覚がまずめちゃくちゃ大事。

これが国となると大きくてイメージしにくいかもだけど、
県や市町村まで小さくしてみると身近になってくるんじゃないかな。

さらに、親として、
「どんな子に育ってほしいか」
「どんな子に育てたいか」

これまた大事な、立派なヴィジョンなわけです。

そのヴィジョンがはっきりしていて、
そのヴィジョンという未来と
現在の教育が同じ一本道に位置していることが重要。

教育は未来の街づくりであり、国づくり。
だからこそ、教育には未来に大事にしたい要素や視点を組み込むわけです。

子供たちが大きくなった社会をどんな社会にしたいか、
どんなものを残し、繋いでいきたいか、

そういった先人たちの想いがあって、
ちょっと昔の大人たちがつくってくれた社会の中を
わたしたちはいま生きている。

このバトンはずっと続いてきて今があるわけです。

というわけで、日本の教育ヴィジョンを知ってるかい?

こんなにも違う世界の国々の教育ヴィジョン

当然、国の教育ヴィジョンは国の数だけ存在するほど多種多様!

その国の資源、人口、経済発達、立地環境…
などなど国によってまったく異なってくるから、

当然、
どんな国にしていきたいか
どんな国を目指すか
国として何をいちばん大事にするか

は変わってくるわけです。

国としての教育ヴィジョンはその国のアイデンティティー
とも言えるんじゃないかと思う。

たとえば、

幸せの国デンマーク
デンマークの教育ヴィジョンはなにかというと、

”幸せな人生を歩むための教育”

幸せって一人一人違うから、
小さい頃から徹底して
「自分がどう生きたいか?」
を問いかけ、考えさせる教育をしていく。

ーーー
世界最高水準の教育といわれるオランダはどうかというと、

”オリジナリティーを伸ばす教育”

コーチングを重視し、
オリジナリティーやクリエイティビティーを
大事にする。

結果、10代から起業をバンバンする子が生まれ、
チャレンジを恐れず楽しむ人がとても多いのが特徴。

ーーー
ところ変わって、中東イスラエルは、

”国家観を持たせる教育”

何度も戦争や争いで国を奪われてきたイスラエルでは、
国家観を教えることがとても重要視されている。

だからこそ、教育と軍事とビジネスが
セットになっている。

ーーー
もひとつ最後に、ブータン。

”精神的に豊かな子を育てる教育”

ブータンは潔しで、
国として経済的成長よりも国民の幸福度を
最優先すると宣言している国。

だから、教育においても
物質的な豊かさを追求するようなものではなく、
精神的に豊かな人材を育むことに力を入れている。

で、日本の教育ヴィジョンを知ってるかい?

ヴィジョンがないことを知るとスッキリするお母さん達

何度も聞いといてここでようやく…

日本の教育ヴィジョンって?

の話をしたいと思うんだけど、
この問いに答えられた人はいたかな?

結果からいうと、
日本にはこの教育ヴィジョンがないことが大問題!

答えられなかったあなたは悪くない。
むしろ正直者のブラボーですよ。

だって、そもそもないんだもの…

先生をしていた頃、
「今、教えていることがこの子たちの役に立つのか?」
「この子たちが出ていく社会につながるのか?」

こういったモヤモヤした葛藤が消えることがなかったけれど、
それはしょうがなかったことだと今はわかる。

だって、
「どんな子に育てたいか」
のヴィジョンがないんだもの。


そりゃ迷う。

先の見えない霧の中を
どこに向かっているかもわからず
必死で走っている、
そんな状況。

そりゃ不安。

これは先生に限ったことではなく、
お母さんたちも本能で感じ取っている。

だから、
今の教育に対して不安を感じ、
これでいいのかと悩み、
何かが違うんじゃないかという気持ちを拭えずにいる。

一昨年、佐渡でも開催させてもらった
「女性のための社会学講座」ではこういったことも
教えてくれるんだけど、

参加していたお母さんたちの表情が何より物語っていた。

ヴィジョンがないことを知ると、
今までの悩みがすべてスッキリ腑に落ちるんだろう。

だからなのか!
そうだったのか!


と。

そうなると、女性は強い。

国が用意してくれないのなら、
まずは自分たちの周りからと、
動き出すお母さんたちもたくさんいた。

ヴィジョンがないことを知ることが安心につながるというのは、
なんだかどうなの?と感じてしまうところもあるけれど、
ずっとモヤモヤを抱えているよりはよっぽど健全。

自分の中で納得できたら、次の手を考えられるのかもしれない。

文部科学省のHPでヴィジョン探し


とはいえ、日本にもヴィジョンはあるだろう…
あるはず…

と、文部科学省のHPをのぞいてみた。

本来、トップページの頭の部分に
デカデカと掲げられててもいいはずのヴィジョン。

でもない…
探すも見つからない…
どこに入ったら書いてあるのかわからない…

結局、グーグル先生に訪ねて、
たどり着いたページには下のようなヴィジョンらしきものが
ありました。


===
以下、引用

⒈夢と志を持ち、可能性に挑戦するために必要となる力を育成する
⒉社会の持続的な発展をけん引するための多様な力を育成する
⒊生涯学び、活躍できる環境を整える
⒋誰もが社会の担い手となるための学びのセーフティネットを構築する
⒌教育政策推進のための基盤を整備する

===

なんだそう…

子供たちの教育に関わってくるものとしたら、
①②だろうか?

さらに、
「⒈夢と志を持ち、可能性に挑戦するために必要となる力を育成する」
の目標達成のためには、

「確かな学力の育成」を掲げているんだそう…


学力を身につければ、
夢を持てるようになるってこと?
志が芽生えるってこと?
可能性に挑戦する力がみなぎるってこと?


おい!こら!おかしいでしょ!!

と、感じるのはわたしだけじゃないはずだ。


全国学力テスト再開と現場のリアル


「確かな学力」って、いったいなんのため?
「確かな学力」を身につけるのは誰のため?
「確かな学力」があったら、国はどう変わるの?

日本のヴィジョンを知って、改めて思う。

このビジョンは誰のためのヴィジョン?

誰にとってご都合良いヴィジョンなんでしょ?


先日、新聞で全国学力テストの記事を読む機会があった。

コロナ禍で昨年は中止になったこのテスト。
今年は実施されたようで、現場の先生のリアルな声が
掲載されていた。


「子供と向き合う時間が欲しい…」


先生の悲痛な叫び、痛いほどわかる。
わたしも現役時代、何度心の中で絶叫したことか。

学力テストのための、過去問対策に貴重な授業時間を奪われる。
過去問を使った、設問の解説、傾向、解き方をレクチャーする。
空欄が多かった子に個別補習を休み時間に展開する。

学校は予備校ですか?

テストのための授業。
点数アップのための対策。
子供と向き合うよりテストと向き合う時間。

それで、本当に夢や志を持つ子が増えるんだろうか?

そんなわけない。はずがない。


ヴィジョンは共有、共動してなきゃ意味がない


ちょっと日本のヴィジョンがおかしすぎて、
物申したくなってしまって失礼!

ヒートアップしすぎた頭と心と体を
クールダウンさせながら続きを。

ヴィジョンってみんなが知ってないと意味がない。
そして、みんながそこに向かって動いていないと意味がない
そう思うわけです。

共有、共動していることが大事。

そして、ヴィジョンって5〜10年でコロコロ変わってもらっても困る。
もっともっと長期的な視点で、
種を撒き続けていくことが必要なんだと思う。

ひまわりのヴィジョンを掲げてたのに、
来年からは朝顔でいきます、と言われたって、
花はすぐには咲かない。

みんながひまわりの国にしていこうと想いを共有し、
みんなが同じ未来を目指してひまわりの種を撒き続ける。


そのためにも、ヴィジョンってめちゃくちゃ大事
と思うわけです。

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#筆文字えりちゃん

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