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「その一瞬一瞬を味わい、感じるということが、生きるということだよ」ブンジュ村の村長さんとSHOGENさんが教えてくれた地球における日本人の役割


「地球上で、虫の音がメロディーとして聞こえる、
 虫と会話ができる稀有な民族が2民族だけいて、
 それが日本人とポリネシア人なんだ」

「日本人は虫と話をするために、日本語を生んだんじゃないかな」

by ブンジュ村の村長さん

今年も日中は外には出れないほどの猛暑、酷暑の夏でした。

そんな中でも自然界に生きる動植物たちは、
身一つでじっと耐え、生き抜き、
自らの使命を全うすることだけに集中する。

命の限り精一杯鳴いていた蝉の声が遠のき、
鈴虫の声とともに秋を味わう時間があったかな?
と思うほどにあっという間に冬がやってきた現在地。

蝉の鳴き声は夏のBGMであり、日本の風物詩、
鈴虫が鳴き始めることで秋の訪れを耳からも感じる。

それって、子供の頃から触れている“当たり前の感覚”だと
ずっと思ってきたのだが…

どうやらこれは日本人とポリネシア人だけが持つ特殊能力
らしいということが判明。
(ポリネシア人とは太平洋のポリネシアを起源とし、海上を船で回遊している人)

じゃあ、日本人やポリネシア人以外の人たちには、
虫の声がどんなふうに聞こえているのか?というと、

虫の声=「雑音」「騒音」

なんだそう!!!

夏に日本を訪れた海外旅行者の人は、
蝉の鳴き声を聞いて叫ぶのだ。

「日本人はこんな騒音だらけの中、一体どうやって生活してるんだ!?」
(オーマイガー)

外国の人からすると蝉の声は工事現場の騒音と同じように聞こえていて、
それがずっと鳴き続けているわけだから、
不快、不愉快、居心地の悪さたるやと言ったらもう!な環境で、
耳栓を装着する人も多いのだとか。

でも、なぜ日本人(とポリネシア人)にだけ虫の鳴き声がメロディーに聞こえるのか?

そこに、本来の日本人としての生き方、在り方、
そしてこの地球上での役割と繋がっていたわけで。

冒頭のブンジュ村の村長さんの話には続きがあって…
と、わたしがここでつらつら書いたものを読むよりも、
手っ取り早く動画で知りたい!という方は、
ぜひともこちらの動画を今すぐぽちっとしてもらえたらと思う。
(2本立て)

とはいえ、こちらのnoteにも

・ブンジュ村ってどこ?
・SHOGENさんって何者?
・日本人の特殊能力って?
・この地球上における日本人の役割って?
・この地球に日本人がいることが希望ってどういうこと?

についてちょいと書いてみたいと思う。

ペンキ画家SHOGEN(ショーゲン)さん


ブンジュ村とはアフリカにある人口200人ほど
の小さな小さな村のこと。

なぜ、そんな聞いたこともないような(最近はむしろ有名?)
村の話がいきなり出てくるかというと、
そこには1人の青年がこの日本に届けてくれた奇跡のような実話から
話さないといけないわけです。

その青年の名前がペンキ画家SHOGEN(ショウゲン)さん。

普通の会社員をしていたSHOGENさんは、
ある日たまたま立ち寄った雑貨屋さんに飾られていた
ペンキ画に脳天を直撃するような衝撃を受けるわけです。

「この絵だ!」
「この絵を学びたい!」

そしてなんとなんとその日のうちにアフリカ行きのチケットを手配、
その翌日には会社に辞表を提出したというから、
この出合い、出来事がSHOGENさんにどれほどのインパクトだったかが
よくわかる。

とはいえ、SHOGENさんの行動力がすごい。

SHOGENさんが衝撃を受けた絵は、
ティンガティンガと呼ばれるアフリカのペンキアート。

アフリカに単身渡ったSHOGENさんは、
ティンガティンガ村でさっそく絵を学び始めます。

数日経ったある日、40歳くらいの男性(カンビリさん)から

「ティンガティンガ村は観光地だから受講料も高い。
 オレが住んでいる村に来て、一緒に生活しながら描いたらどう?」

とナンパされるわけです。笑

カンビリさんが住んでいる村こそがブンジュ村であり、
SHOGENさんはこの村を訪れた最初の外国人となり、
そこから約1年とちょっと暮らすことに。

『僕はこの村で、幸せとは何か、
 どうしたら人は幸せに生きられるのかを、
 村人みんなから教えてもらうことになります』

と、書籍『今日誰のために生きる?』で書かれているんですが、
もう本当に感動的であり、ハッとさせられ、大切なあったかいものに
触れさせてもらえる体験をこれでもか!!というほど味わうわけです。

ぜひ、本の方も手に取って読んでみてもらいたくてたまらないです。

ちなみに、これは後から知った話になるけれど、
カンビリさんはSHOGENさんが日本人だから
ブンジュ村に誘ったわけです。

逆にいうと、SHOGENさんが日本人でなければ、
カンビリさんが声をかけることも、
村に連れてくることもなく、
SHOGENさんの画家としての人生は大きく変わっていたことでしょう。


村長のおじいちゃんはシャーマン

なぜカンビリさんはSHOGENさんが“日本人だから”
村へ連れてきたかというと…

そこには絵本から飛び出したようなおとぎ話みたいな
世界が広がるわけです。

そもそもこのブンジュ村という小さな村は、
日本人の教えによって幸せな豊かな暮らしが成り立っている
村だったのです。

一体、なぜ???

実は、ブンジュ村の村長さんのおじいちゃん(当然もう天国のお方)が
いわゆるシャーマンで、
そのおじいちゃんは、夢の中で時空を超えて日本人と繋がり、
交信し、いろんなことを教わったという。

SHOGENさんが分析するに、
そのシャーマンおじいちゃんが繋がって交信していた日本人というのは、
現代の日本人ではなくおそらく縄文時代の日本人。

そして、そのシャーマンおじいちゃんは
縄文時代の日本人から教わったことをブンジュ村のみんなに
広め、教え、伝え…その教えによって今のブンジュ村の幸せがあると。

ブンジュ村の村長さんはこの話をしたとき、
SHOGENさんにこんなふうに話しかけます。

『ショーゲンは、この村でいろんなことに感動して、
 時には涙を流していたね。
 でもそれは、もともとの日本人の文化に感動していたって
 ことなんだよ』

と。


ブンジュ村に入る3ヶ条

SHOGENさんがブンジュ村に初めて足を踏み入れたとき、
その足でまずは村長さんのお家へと連れていかれます。

そこで、村長さんからこう聞かれるわけです。

「ご飯が食べられることに、幸せを感じられるか、
 ただいまと言ったら、おかえりと言ってくれる人がいるか、
 抱きしめられたら、温かいと感じる心があるか。
 この3つがあなたの中にあるんだったら、村においで」

SHOGENさんは、きっと面食らったことでしょう。

でも、「YES」と答えたことで、
ぶじブンジュ村に入ることを許されたわけです。

ご飯が食べられることに、幸せを感じられるか
ただいまと言ったら、おかえりと言ってくれる人がいるか
(家族じゃなくてもOK)
抱きしめられたら、温かいと感じる心があるか

この3つはブンジュ村に伝わる「幸せの3か条」。

一つ一つはとってもシンプル。
でも、この一つ一つを深く、丁寧に、大切にできているだろうか?

この3つは日本人からすると、
それが受け取れることは当たり前のこととして、
感謝がなかったり、心がこもってなかったり、味わうことをしてなかったり
する気がしたのだ。

でも、この一つ一つを深く、丁寧に、大切にできたとき、
人はそれだけでとても幸せに豊かになれる感覚が広がった。

イメージしただけで、身体が温かくなるような。

スマホを見ながら、家族の顔を見ずに食事をしてないだろうか?
ただいまとおかえりを心を込めて言っているだろうか?
大切な人を抱きしめる時間をもっているだろうか?

わたしたちが求めてやまない幸せは、
実は今すぐお金をかけずにできることばかりなのかもしれない。

ブンジュ村の暮らし

それではそんな「幸せの3か条」を村民みんなが大切にしている
ブンジュ村の人たちの暮らしはいったいどんなものなのか?

・高い建物はまるでなく、お店といえば屋台のような売店のみ
・電気は日に3〜4時間ほど使用可能(ついたり消えたり)
・水は川からくんでくる
・平均気温は1年通して昼が30度、夜が25度くらい(空調はなし)

SHOGENさんがお世話になったカンビリ一家のお家は、
トタン屋根のお家。
毎日掃除しないと砂埃だらけになってしまうそう。

今の日本の一般的な暮らしから比べると、
はるか昔の時代の暮らしのように思えてくるブンジュ村の暮らし。

けれど、そこに暮らす村民たちは、
今の日本人よりも何万倍も豊かで幸せに生きているわけです。

これはブンジュ村の人たちが
そういった暮らししか知らないということ以上に、
人が生きていく上で大切なこと、
大事にしなければいけないことをはっきりとわかっている

からじゃないかと感じたのだ。

もっともっとを追求してもどんどんゆとりがなくなること、
物を消費することでは本当の幸せは得られないこと、
たくさん所有しても虚しいことを。


幸せ、豊かさ、働くとは

ブンジュ村の人たちはそれぞれが自分の仕事に誇りを持ち、
自分の仕事を愛しています。

でも、けっして仕事のために自分自身を犠牲にすることがなく、
徹底してどんな仕事も15時半には営業終了。

日が暮れるのが早く、電気が貴重なブンジュ村では、
日が明るいうちにしか家族の顔を見ることができません。

仕事よりも家族との時間。
仕事よも自分自身を大切にする時間。

そんな価値基準。

ある日、夢中になって絵を描き続けていたSHOGENさんを見て、
村長さんがこう伝えます。

「日没になって、薄明かりがついたとしても、もう真っ暗だよね。
 だから、すべての作業をあきらめないといけない。
 ショーゲンは、あきらめるという言葉を、マイナスに捉えていない?
 でもこの村では、プラスなんだよ。
 あきらめる時間が来るということは、今から真の休息の時間になる
 ということだからね。」

「今の日本人は、いつあきらめる時間を作っているの?」

ブンジュ村では、何より心にゆとりをもつことを大事に
しているそうです。


ぐさっと刺さる言葉です。


自然に最も愛された人

ブンジュ村でSHOGENさんが体験してたエピソードを
全部紹介したいほど、
こんな村がこの世界に存在することが信じられないほどに
それはそれは優しく愛が溢れるエピソードばかり!

ぜひ、忙しすぎる毎日を送っているすべての日本人に
触れてほしい世界です。

最後に、今は亡きブンジュ村の村長さんが
SHOGENさんに託した想いを紹介します。

「虫の音がメロディーとして聞こえる、会話として聞こえる、
 その素晴らしさは、当たり前じゃないからね。
 なんでそういう役割を日本人が与えられたのか、
 ショーゲンはもう気づいてるでしょ?
 幸せとは何か、本当に大切なことは何か、
 それがすでに日本人はわかっているからだよ。
 だからそれを伝えていく役割が日本人にはあるんだ。
 そのことに気づいてほしくて、ずっとずっとショーゲンに語ってきたんだよ」

「日本人の血の中に流れる素晴らしい記憶を呼び起こしてね」

『今日誰のために生きる?』






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