見出し画像

映画『マイスモールランド』 (Welatê Min ê Biçûk)

冒頭の結婚式のシーン。そこに私は居合わせていた。クルド側の監修を行なっていたワッカス先生から、「映画の撮影をするからおいで」と声をかけてもらったのだ。

ミーハー心丸出しでいそいそと出かけていくと、クルド人エキストラとして多くの友人が集っていた。

結婚式のシーンということなので、着飾ってきている人が多く、ウキウキと楽しそうだ。

撮影開始。少し離れたところへ移動すると、サヘルローズが現れた。

わーサヘルローズきれいだなぁーなどと思っていたら、彼女の横になんとも可憐な風貌の女の子がいた。

あの子もこの映画に出てるのかーめっちゃ可愛いなー。思わず見惚れた。

その少女こそが『マイスモールランド』の主役サーリャを演じる嵐莉菜さんだった。

モデルとして活動している嵐莉菜さんは5カ国にルーツを持つ方で、映画初出演にして主演をつとめた。

儚げな憂いを帯びた表情に引き込まれ、観賞後数日経った今でも「しょうがないよ」と弱々しく笑うサーリャの顔が何度も思い浮かぶ。

そのサーリャと心を通わせ、おずおずと不器用ながらも真っ直ぐ彼女に対して向かっていく聡太を演じたのは奥平大兼さん。

(映画『Mother』に長澤まさみさんの息子役で出演し、日本アカデミー賞で新人俳優賞を受賞した俳優さん)

(どうしたらいいかわからない。でも、彼女のそばにいたいし、彼女のために何かしたい・・・!)

若者らしく惑いつつも毅然とした表情でサーリャと向き合う聡太の姿が全編通してとても印象的だった。


中心となっている問題は確かにとても重くて深い。どうしようもなく大きく思える。

でも、青春真っ只中の若者が、友人や家族や学校や将来のこと、様々なことに悩む姿に、同世代の人たちは自分自身を重ね、それよりも上の世代の人たちは、過ぎ去ったあの頃を思い出したり、若者の親の方に自分を重ねてみたりと、鑑賞者は思わず登場人物に自分を投影したはずだ。そして思い至る。

そうだ、これはどこか遠いところにいる誰かの物語ではなくて、私の物語であり、私のすぐ隣で暮らしているあの人の物語なんだ。

これが、川和田恵真監督の語る「物語の力」、なのだと思う。

『マイスモールランド』に登場するクルド人家族。

家族とはいっても、父親と子供たちとではその困難さの中身が異なっている。

父親は出身国で拷問を受けた経験があり、帰国すればまた身体に危険が及ぶ可能性があることがわかっているので、不自由を感じながらも、「仕方なく」日本で生活している。

他方で、子供たちは父親によって突然日本に連れて来られ、すでに日本での生活の方が長くなっている。日本の学校に通い、日本語で生活している。そして、この先も日本で暮らしたいと思っている。

日本人の友人と過ごすことにより、振る舞いが「日本らしく」なっていきつつ、家庭では「クルド人としての同一性」を保つことを求められる。

帰りたいけど帰れない父親と、帰りたくない子供達。

日向史有監督によるドキュメンタリー『東京クルド』でのラマザンとオザンについては記憶に新しいが、日本で暮らすクルド人は、皆が皆、なんらかの困難を抱えている。

もちろん、日本の入管制度や難民の扱いについては非常に大きな問題で、このことなしに語れないことも多い。

このあまりにも大きな問題を前にして、「自分には何もできない」と途方に暮れてしまうこともあるかも知れない。

日本で日本人として生まれ、日本人以外の人との交流も特にないまま育った私や、多くの日本人にとって、境遇があまりにも違う彼らの問題について考えることはとても難しい。

その問題については、監督は敢えてドキュメンタリー的に生のままとりあげ、ダイレクトに知らしめ訴えようとしたのだと思う。

しかしやはりフィクションとして描くことに意味があった。「物語の力」を信じていたから。

私は『マイスモールランド』からのメッセージをこう受け取った。

「想像力を働かせてみて。あなたのすぐ隣にいるサーリャに、あなたのやり方で寄り添ってみて。聡太のように。」

想像力。

あまりに違う境遇に置かれている人の痛みを、本当の意味で理解することはできないかも知れない。でも想像力を働かせることはできる。

なんの因果か、クルドという民族に心惹かれ、言語や音楽を学ぶようになった。

映画の制作にも関わったワッカス先生との縁が生まれ、日本で暮らす多くのクルド人と関わるようになった。

「クルディスタンに帰りたい。日本での生活は辛い」直接訴えられたこともあったし、言葉にせずとも表情からその思いが読み取れることもあった。

正直なところ、その重々しさに引っ張られてしまうことが辛くて、逃げ出したくなったこともあった。

でも、「クルドに興味を持ってくれてありがとう」なんの曇りもなくこんな言葉を向けてくれたり、クルド流のもてなしをしてくれたり、どんなに困難な状況にあっても好意を示してくれることが本当に嬉しくて、「なんてすごい人たちなんだ」と尊敬の気持ちを抱かずにいられなかった。

映画を観ることによって、そういう色々なことを思い返すことができた。

川和田監督、ワッカス先生、制作に関わった人たちのメッセージが多くの人に届きますように。


『マイスモールランド」
2022年5月6日(金)より全国公開中


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?