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幸いの竜フッフール

幸の竜というのは、ファンタージエン国の動物の中でも最も珍しいものの一つだった。

その誕生は、
昔むかしの大昔。

あらゆるものが分裂し、この世が立ち現れた時にさかのぼる。

光と闇が
始まりと終わりが
天と大地が
分かれ、

空には雲が生じ、その雲も
真っ二つに分かれた。

光の雲の子は、フッフール、
闇の雲の子は、アルキメラといい、
どちらも竜の姿をしていた。

フッフールは大気と熱と溢れんばかりの歓びの子。
並はずれて大きな体にもかかわらず、夏空に浮かぶ雲のようにかろやかなので、飛翔のための翼はいらなかった。水の中の魚のように大空を泳ぐさまは、地上から見ていると、ゆっくりと通りずぎる稲妻のようだった。中でも一番すばらしいのは、かれらの歌声だった。大きな鐘のどよめきにも似た見事な声で、静かにはなすときにはその鐘の音がどこか遠くからひびいてくるようだった。

アルキメラは物事を妨げる不吉なものという意味で、性悪の気難しい性格で、コウモリのような翅をばたつかせ騒がしくぶざまに空中に上がり、口からは火や煙を吐きだした。その鳴声は恐ろしく、ギザギザの閃光をともない、山々をカチ割り地に突きさすようなものだった。怒りや憂いに任せた雨を大地にたたきつけた。荒れ狂う嵐は地をめちゃくちゃに破壊した。

フッフールは空を漂うさんぽが大好きだった。
思いおもいの色に咲き誇った花々
フッフールが通ると金色の波の煌めきで応えてくれる麦の穂
フッフールの歌にうっとりと聞き入ってくれる皆皆の顔を見るのが大好きだった。

フッフールには、
この美しい世界を滅茶苦茶に荒らしてしまうアルキメラが許せなかった。
アルキメラが咆哮したあとの大地の惨状は目も当てられないほど痛ましく、
アルキメラによる洪水でその地に息づく何もかもがえぐり取られたかのようになってしまったこともあった。

このファンタージエン国は
幼ごころの君という女王がおさめていた。

女王幼ごころの君は、この無限に広がるファンタージエン国の無数の地方のすべてをおさめる統治者ではあるが、実際には統治者以上のもの、というより、それとは全く別のものだった。全ての生きもの、善なるものも悪なるものも、美しいものも醜いものも、おどけものもまじめなものも、おろかなものも賢いものも、すべてみな、この幼ごころの君が存在してこその命だった。光の子も闇の子も区別なく、決して権力をふるわず、ファンタージエンのすべてのものをあるがままにあらしめた。

ある晩、フッフールは空の上で大きくまんまるく輝いている月を取ってこようと思いたち、月へと向かった。昇れるだけのぼったが、ついにそのことがどれほど向こうみずなことかがわかり、がっかりして、地上に向かって落ちるにまかせていたら、エルフェンバイン塔のすぐ近くを通った。その夜、もくれん宮は花びらを大きく開ききっていて、その芯にあたるところに幼ごころの君がすわっていた。そして、ほんの一瞬、フッフールと目があった。

その夜を境に、フッフールに変化が起こった。
獅子に似た頭にある瞳はルビーのように真紅にひらめき、「白い幸いの竜」と呼ばれるようになった。

幸いの竜はどんなときも決して望みを捨てず、
出逢うものに幸運をもたらし、
何もかもがうまくいくと信じていた。

そしてそのことが、
伝説に残る勇者たちのいくつもの冒険を助け、
それは同時に女王幼ごころの君、ひいては、
ファンタージエン国に襲いかかる禍いの危機から救ってきたのだった。

しかし幸いの竜にはわからなかった。
なぜ、幼ごころの君が
自分のような善竜だけでなく、
アルキメラのような悪竜をも同じようにこの世にあらしめるのか。

アルキメラだけではない。
ファンタージエンには、
夜魔や妖魔や幽霊や吸血鬼や魔女など、
あらゆる悪魔や狂気のものたちが生息する地方があるが、
幼ごころの君は
その化け物町に棲む闇の子らも区別することはなかった。

ある日フッフールは、
紫のリンゴを食べてしまった。
魔女の育てた毒リンゴだった。

それを見ていたアルキメラは
「これはこれは無様なフッフール。どうだね闇のお味は。これからお前は、困苦欠乏、恐れや孤独に苛まれながらじわじわとくたばっていくのだ」と、ニヤリと笑い、紫色の目玉をギラリと光らせた。

フラフラになりながら
「アルキメラめ。お前のような狂気のものたちが、どれだけ皆皆を苦しめているか。今こそ決着をつける時!」

フッフールは体をまっすぐにのばし、
全速力でアルキメラに突っ込んだ。

アルキメラも真正面からフッフールに向かって突っ込んだ。

その瞬間、
幸いの竜の
幸運は
アルキメラにさえも及び

そしてそれは
フッフール自身にも働いたのだった。

2匹の竜が、正面からぶつかったとき、
フッフールの体に回った魔女の毒によって
フッフールには全てがわかったのだ。

アルキメラたちが為す
この世のあらゆる闇のおこないも、
なぜ
幼ごころの君のおひかりによって
あるがままにあらしめられているのかが。

白竜と黒竜が
真正面からぶつかった途端、分厚い雲が生じて
あたりは暗闇に包まれた。
雷と雨とが何ヶ月も続いた。

大地は何もかもを洗い流し、
ようやく雲の隙間から
一筋の光が差し込むと、
植物の新芽が一斉に芽吹き始めた。

2匹の竜は、もとの一つの雲の姿となった。

幼ごころの君の住むエルフェンバイン塔を守る雲として、
塔を訪れるものたちを
相手に応じた姿で出迎えた。

ふしぎな引力によって
導かれるようにエルフェンバイン塔を訪れるものたちは
それぞれの報いを携えてやってくる。

雲は、そのものの報いに応じて白雲や黒雲で頂を隠した。

そういうわけで、
塔の景色は見るものによって変わるのだ。

プリモには
空一面が
光の水面に見えたそうだ。

けれどもこれは別の物語、
いつかまた、別のときにはなすことにしよう。

 ※以上、太字箇所
  ミヒャエル・エンデ(1982) 「はてしない物語」岩波書店 
  より引用

●あとがき●
ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」を読んだことのある方は「おや?」と思ったかもしれません。
物語に登場するフッフールという竜にスポットを当てて、伏線のストーリーを考えてみたものです。
原作を読んで、私が「もっと知りたい」と思ったところを、膨らめて描いてみました。原作の世界観(とくに、光と闇の扱いや、幼ごころの君のあり方など)を壊さずに、別の視点から、フッフールに迫ってみました。
※太字表記になっている部分は、原作の表現を引用しています。(そのため読みにくくなっているとは思います)
光と闇の扱いについては、原作の[はてしない物語]だけでなく、
[風の谷のナウシカ](宮崎駿)や色彩自然学での色の本質的な学びからの影響がかなり含まれてると思います。
この物語は、色彩自然学の学校による色の本質マスター講座の最終課題に際して描いた物語です。色の本質を学ぶ中で、まさか物語を書くという課題が待っているとも思わなかったですが、でもあの課題があったからこそ、今描いてみたい自分の内面を物語として思い切り出し切ることができました。色彩環を自分の内側に捉え、色そのものになってみたりしながらそのふるまいを掴んでいくこと、そして、人間が原型という普遍の宇宙摂理の上に成り立っていて、無意識の下は集合的無意識・源流(原型)に開かれていることを構造的にも感覚的にも実感を伴いながら理解できたことが、とても大きな学びとなり、この物語にも現れています。色の学びのことは、「色と私」で少しずつ振り返り投稿をしていきます。(リアルタイムでは学びの全貌が壮大すぎて、アウトプットが追いつきませんでしたので。)

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