気づけば、社会課題への思いが薄れてきた

新卒1年目のころ、「私には解決したい社会課題がある、だから30歳までに社会起業家となり課題を解決する。会社勤めは、そのためのスキルを磨くためだ」と豪語していた。

自分は社会課題を見て見ぬ振りができない、自分に力をつけたら、真っ先に課題を解決するんだ、そのために早く成長するんだ。つい最近まで、そう息巻いていた。

しかし最近ふと気づいた。いま、あの情熱が、なんだか冷めている。

前なら、社会起業家たちの著書を読んでは感銘を受け、関係するTEDを観ては、またその人物の著書やブログを探し、読み漁っていた。そうやってどんどん知識を入れていることが楽しかったし、なんだか自分が前進しているような気持ちになっていた。

この熱の冷め方は、もしかしたら、そんな「まやかしの充実感」に満足している自分への気づきなのかもしれない。刹那的な充実感をかき集めても変わらないし、ブラウザをスクロールしているだけで世界は変わらない。とはいえ、世界を変えるほどの行動も起こせない。

自分の影響範囲に対する諦め、良く言えば正常な自己認識を手に入れたとでも言ってみようか。

情熱に突き動かされているような感覚は、とはいえ楽しく、また他の考え事をしなくて良い時間なので、好きだった。

そんな時間を卒業した私は、諦めと良識と、気づきと超越と、そんな間を揺れ動きながら自分のポジションを見定めにいく時期にあるのかもしれない。

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