見出し画像

48歳 母娘のテーブル

私は現在50歳です。この”note”にいろいろと書き綴ることで、自分の今までのことを振り返ったり、自分と向き合ったりしています。

48歳のとき、何らかの形で海外生活をする機会をつくろうと決めました。そのためには、いつでも身動きのとれる状態にしておかなければならない。そう思った私は、ついに思い出の品たちとお別れすることにしました。

それは、本当にたいへんな作業でした。長い間、私は思い出たちと同居していました。父母はもちろん、大好きだった祖母や仲良しだった叔母などとの思い出の品は、そこにあるだけで、まるで彼らが生きていたころに時間が巻き戻されるようでした。私は思い出に浸りながら、心のシェルターに閉じこもっていました。そして、それはまるで母のお腹の中にいるように安心で幸せだったのです。長年閉じこもっていたシェルターから出る作業は、辛く苦しいものでした。涙を流しながら一つ一つモノを処分し、何度も挫けそうになりながら、それでも少しずつ思い出を整理していきました。

思い出の品の中には、大きな家具もいくつかありました。中でも、最後まで手放せなかったのはダイニングテーブルでした。それはアンティークのテーブルで、祖母から母、そして私と、三代にわたって大切に使ってきたものでした。日常的に使っていたので細かな傷などはありましたが、祖母も母もとても大切に手入れし、艶が増して、本当に素敵でした。実は、リビングには自分で購入したお気に入りのダイニングセットもあったため、思い出のテーブルは部屋の空間を圧迫していました。けれど、処分すればこのテーブルは二度と戻ってこないと思うと、どうしても決断できませんでした。

そんな中、私に海外転勤の打診がありました。もし辞令が出たら、すぐにこの家を引き払わなければならない。テーブルをどこかの倉庫に預かってもらうことも考えましたが、保管状態も心配でしたし、そもそも海外生活が何年になるのか、戻ってくる時の私自身がどんな状況なのかもわかりません。友人に頼むにも、大型の家具を何年も預かってもらうのは迷惑にちがいありません。フリマアプリのメルカリには大型の家具を取引するシステムがありました。私は何度かメルカリを利用していたので、そのシステムを使うことに決めました。

ところが、写真を撮り、説明をつけて、あとはUPするだけの状態まで準備はするものの、実際に出品するまでにはずいぶん時間がかかりました。どんな人の手に渡るのか、それが心配だったからです。
ついに私は商品説明の下書きをすべて消し、このテーブルが祖母、母、私にとってどれほど大切な品かという、フリマアプリの説明としては相応しくない、作文のような思い出話をつけて出品しました。

大切な思い出のテーブル。いくらで売れるかより、どなたが引き継いでくださるのかが最も心配でした。すると、ある方からコメントが送られてきました。値下げ交渉かな?と思いながらコメントを見ると「あなたとお母様の思いを引き継ぎたい。ぜひ譲ってほしいが、配送方法などの対応ができるか?」という内容でした。値段のことには一切触れず、ただ、私の気持ちを受け取って購入を考えてくださったことが窺えました。値引き交渉や商品の状態確認に終始するやりとりが多い中、こんな方もいらっしゃるのだと感動したとともに、この方になら、大切なテーブルを安心してお願いできると感じました。その後も、何度かメッセージのやり取りがありましたが、相手の方のお人柄が感じられる文面で、その度に感謝の気持ちが溢れてきました。テーブルと一緒にお伺いしてお礼の気持ちをお伝えしたいほどでした。

約1年かけて、大量にあった思い出の品と生活に使っていたもののすべてを処分し、段ボール2つ分の荷物で私は日本を離れました。2LDKのマンションに溢れていたモノたち。その中で、今の私に本当に必要なものは、段ボール2つ分でした。そして、モノを手放すのに比例して、健康診断で必ず引っかかっていた体重も減っていきました。溢れかえるモノを整理した私は、心も体もすっかり軽くなり、人生に対する考え方まで変わったようでした。

これまでたくさん、片付けの本を読みました。やましたひでこさんの『断捨離』、近藤麻理恵さんの『人生がときめく片づけの魔法』はもちろん、他にも数えきれないほど。読むたびに「こんなふうにできればいいのに…」とため息をつきながら…。私はミニマリストにはまだなれませんが、必要な分だけのモノを持ち、それを最大限に活かして生活する心地よさを、少し味わうことができたような気がしています。

モノとのお別れの仕方は様々です。メルカリに出品するたびに、写真を撮り、コメントをつけ、梱包して発送する。私はその過程で、思い出だけを心にしまい、モノとお別れする準備ができました。さらに、大切な思い出を本心から受け継いでくださる方と出会うこともできました。それはセラピーであり、人と人とのつながりです。フリマアプリはただの不用品取引ではなく、生き方の哲学を示してくれていると感じます。

思い出たちは今、モノに囲まれていた当時より鮮明に、私の心の中で生きています。

#メルカリで見つけたもの

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?