見出し画像

瀧さんに聞く!金融教育の『本質』(前編)

今回からFintech研究所瀧の対談シリーズ特別編として、これまで8年間金融教育に携わってきた瀧から見た、金融教育の「本質」とは何かについてインタビュー形式でお送りします。

Interviewee
瀧 俊雄
野村資本市場研究所にて、家計行動、年金制度、金融機関ビジネスモデル等の研究に従事。スタンフォード大学MBA。2012年株式会社マネーフォワードを設立。日経産業新聞(WAVE)、ニッキン(開眼)、日経クロステックや週刊金融財政事情などに寄稿。2016年から「お金の授業」を実施。

Interviewer
有馬 瑛里
東京都庁を経て2022年からマネーフォワードにジョイン。サステナビリティ担当。2023年から「お金の授業」を担当。

左:瀧俊雄 右:有馬瑛里

金融教育が、ついに動きだした。


有馬:瀧さんは創業初期から金融教育に関するセミナーやイベントを実践してきましたが、これまでその考え方をまとめてお話する機会がなかったかなと思っています。

そこで今日は、金融教育に対する考え方を改めてまとめるために、瀧さんに何でも聞いちゃおう!ということで、私Fintech研究所員有馬が、根掘り葉掘り聞いていきたいと思います。よろしくお願いします!

瀧:よろしくお願いします。

有馬:まずは、金融教育そのものについてです。2022年からは高校での金融教育の授業が拡充され、金融教育が大きくブームとなった印象でした。この動きは急にやってきた印象もあったのですが、背景の振り返りをお願いします。

瀧:実はそれ以前にもブームを感じたタイミングがありました。いわゆる「老後2000万円問題」が巻き起こった2019年です。それをきっかけに、「投資をせねば」と危機意識を感じた方は増えた一方で、どうすべきかわからない方がほとんどでした。そのため金融リテラシーの向上が必要という発想が生まれ、まず最初のブームが起こった印象です。
その後2020年に改訂された「学習指導要領」で高校生向けのカリキュラムで金融教育の拡充が決まり、実際に施行されたのが2022年度からです。

有馬:「学習指導要領」では投資も教えることになっています。一方で日本の投資人口の割合は2割ほどというデータがありますが、何を教えるべきかという議論はスムーズに進んだのでしょうか?

瀧:投資人口自体が少ないということは、すなわち実際に投資をやっている先生が少ないということです。実際に経験していないと「教えたくても教えられない」もしくは「教えてはいけない気がする...」と悩まれた先生もいらっしゃいました。

有馬:そうすると、2019年から流れ自体はあったということですね。

瀧:そうですね。ただ、やはり2020年の「学習指導要領」の改訂において金融教育が拡充されたことが、大きなブームの火付け役だったと思います。一方でこのブームを経て一斉に皆が証券口座を作って、絶対値として金融リテラシーが上がったぞ!という状態になったかというと、正直難しい気がします。制度設計時は金融教育を実施すればOKと認識されている部分があったかもしれませんが、実際に合格点だと思っている人は少ないのではないかなと。

有馬:確かに、「あ、私もう金融教育十分です!」って人は少ないですよね。

瀧:教育という言葉が期待値を高くしている可能性はありますが、 正直、非常に歯がゆい想いがあります。私自身、学生さん向けに授業をやらせていただく機会がありますが、自分が教えるだけでは彼らの金融リテラシーのレベルが合格値になるとは思えないんです。子どもが自ら学習したくなる仕組をつくるなど、行動変容を促して、体験知を作る仕組みがないと厳しいと思っています

有馬:このブームを経て金融について教えてもらう機会はできたけど、次のアクションにまで結びついてないのでは、と言うことですね。

瀧:大前提として、授業自体は大事なことだと思っています。ただ、その授業を機に、その日からモリモリとやる気スイッチが入って「金融の勉強するぞ!」となるかというと、それは悲しいかな幻想だと感じてしまいます。これはいわば種をまいただけであって、実際そこから芽が出て育つのは、少し遠い未来のどこかの可能性が高いのではと思うわけです。

有馬:高校生の場合、特に自分ごと化のハードルが高そうです。

瀧:一連の金融教育と呼ばれる取り組みの成果は、5年後くらいにならないとわからないという肌感です。 ものすごく時間がかかることなので、急速な変化を期待しすぎない方がいいと思っています。

あと、このテーマは2024年に入ってからは新NISAの施行で想像以上のブーストを迎えているのも事実です。まだ判断するには早いですが、何か問題意識があるときに特定のキーワードが与えられると急に動く、という日本人の傾向が、少なくとも今はとても効いている印象があるのですよね。

多くの人の共通危機感「残高やばい」

瀧:稀にマネーフォワードに入社して、「めっちゃ人生が変わった!」「金融のすごさを人に教えたくなった!」と感動し、その勢いのまま独立までするメンバーがいます。 でも、大抵の人はそこまでの悟りには辿り着きません。ほとんどの人が「家計簿アプリを使うようになりました」という状態になること、それくらいが「教育」としてできる現実的な期待値な気がします。

有馬:毎月赤字だった社員もいたようですが、家計簿アプリを使い始めてから貯金ができるようになったそうです(笑)。

瀧:それこそ行動変容なんですよ。行動を変えるフックである危機感は先生が教えるだけでは感じにくいんです。目の前の人の話を聞いて「さぁ、今日から行動を変えましょう」というのは、授業を受けたタイミングでご家族が破産していた、みたいな状況でもない限り、相当ハードルが高い。

有馬:「金融リテラシーをあげたい」と自ら思ったそのタイミングが重要だなと思いました。まずその意識を持つことが大事ですよね。

瀧:一番大きいのは、「残高やばい」っていう気づきですよね。これは結構いろんな人に共通する危機感で、預金通帳を開きたくないけど開いた、という時って自分と向き合うモーメントのひとつです。あとは、結婚や出産のように自らの責任範囲が広がる瞬間がくると、将来の負担に自然と意識が向くはずです。

有馬:そういう意味では、見える化って本当に大事ですね。漠然とした不安があっても、見えるようになったからこそ、「あ、自分ってこんなにやばかったんだ」と認識できるようになります。私自身も子どもが生まれたことをきっかけにお金の勉強を始めました。子どもができると、自分がというよりも子どものためにどうやってお金を残してあげられるかとか、お金についてどう教えるべきかっていうのを、すごく考えるようになりますね。

瀧:正直なところ、人生は1人ならなんとかなっちゃうことがほとんどですが、ステージが変わると、それまで意識してなかった人でも予算を立てたり勉強するようになったりしますよね。

最低限、最初に身につけるべき金融リテラシーの正体

有馬:特に日本の場合、「貯金ができてれば大丈夫!」という考えの人も多いと思います。実際、貯金さえできてれば本当に大丈夫なのか、ということについてもお伺いしたいです。

瀧:「どうすれば赤字から黒字になるんだろう」と悩んでいる方は多いと思いますが、前提として赤字よりは黒字の方がいいよ、というのは全員の共通認識ですよね。そのなかでも、どんな赤字が続くと問題かを理解するのが、最低限、最初に身につけるべき金融リテラシーじゃないでしょうか。例えば、日々の買い物を無計画にリボ払いし続けることで借金が雪だるま式に膨らむと分かれば、明らかにまずいと思えるわけです。そのあとは、その赤字は恒常的なのか一時的なのか、さらに黒字にすべく改善方法を考えてアクションを起こす、というように少しずつ階段を上っていくイメージですね。

ここ2-3年は、これに加えて物価高が強烈に意識されるようになりました。ただ、まだ一次的なトレンドとして捉えている人が多いのでは、という気もします。そうすると、インフレによる減価みたいなテーマはまだ何か、縁遠いもののように思われてしまうんだろうなとも思います。

有馬:資産形成となると、どれくらいのレベルでのアクションが必要でしょうか。

瀧:毎月とにかく1万円貯めてみる、みたいなアクションからで良いんです。着実にそれを継続するうちに、1万円だと少ないから増やしてみようとか、結婚や子育てするならもっと貯金しよう、と思考が変化していくはずです。それを経て、ざっくりで良いので貯金のペースを考えたり、将来どれぐらいのお金が必要かというライフプランニングができるようになるのが理想ですね。

貯金って今の消費を諦めることなので、シンプルにつらい。要は、この話を理解するだけではなく実行して、そのつらさを自分に教えなきゃいけないんです。その上で、これらをアクションとして実行、継続できるかというのが大事な金融リテラシーだと思います。ただ、最低限のリテラシーは誰しも持っておくべきですが、中にはそこまで重要性が高くない方もいます。

瀧:定年まで大企業に勤め上げるとか、一生公務員として全うする、といった覚悟ができている方の場合、なんとかなるケースがほとんどで、リテラシーがあまり必要ないんですよね。大企業に勤めている場合、周りの消費パターンを見て真似たりできます。つまり、自らライフプランニングを考えなくても、周りに引きずられてやっていけるというケースです。昭和中期から後期にかけての日本における大企業のサラリーマンが典型的ですね。ちゃんと働いて、マイホームを買って、ローンを返済すれば家という資産を蓄積できます。土地を持っている場合であれば、今は都心部の時価が上がっていますし、大きな資産になるわけですよね。そういう意味で、金融リテラシーが不要な世代、時代だったとも言えます。

ファイナンシャルプランニングの悪夢

有馬:昔は銀行預金の金利も違いましたよね。

瀧:平成初期までは銀行預金の金利が6%くらいという時代がありました。10年預けたら倍になる、つまり1990年前半は貯金がちゃんと資産運用する手段になっていた時代なんです。総じて、多くの人が資産形成できていた、もしくは老後に備えることができていたと。また、当時は平均寿命が今より短く60代で亡くなる方が多かったので、老後に2000万円もいらなかったんですよ。『サザエさん』に登場する磯野波平さんも54歳ですが、あれは1950年頃の東京が舞台になっています。しかし、今の時代はこれらの要素が全部は使えません。働き方もすごく多様になりましたし、金利はほぼないに等しいですし、不動産はめちゃくちゃ高い。そして寿命はどんどん伸びています。

当時はそういうこともあって、社会の中で金融リテラシーが不要だったんですが、働き方が多様化した今はそうは言っていられません。国民年金の金額一つをとっても、満額月6万6250円で、サラリーマンの場合は定年まで勤めた後にこれに加えて厚生年金を平均月14万5665円受給できます。ですが、フリーランス、個人事業主は国民年金しか受け取れません。6万円ちょっとだけで生きていくって、実質無理ゲーですよね。これは、個人事業主が一生働けた時代の前提で設計されていた印象があります。

有馬:これだけ生き方が多様化しているなか、厳しい仕組みに見えてしまいますね。

瀧:大前提として寿命が伸びることは大変喜ばしいことですが、残念ながらファイナンシャルプランニング的には悪夢なんです。もはや誰かが、長寿化する全国民の面倒を見ることは不可能な状況なので、自分でなんとかするしかない。

有馬:早めに金融リテラシーを高めていくことが、自分の生活を守る、自己防衛になりますね。

瀧:これまでの日本では、会社という強烈な共助のシステムが多くの人の意思決定を楽にしてきました。ただ、今の時代に会社というシステムは持たなくなりつつありますし、厳しい表現なのですが、自助で守るしかない時代に突入していくのは間違いありません。

(中編につづく)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?