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瀧さんに聞く!金融教育の『本質』(中編)

Fintech研究所瀧の対談シリーズ特別編。前編に続いて中編では「お金の不安」の正体を紐解いていきます。

左:瀧俊雄 右:有馬瑛里

お金の不安の正体を分解してみよう

有馬:前回は金融リテラシーは自己防衛のためにも必要というお話でした。中編の今回は、前回の話題を前提に、お伺いしていきます。日本は投資人口は少ないものの、堅実に貯蓄をしている人が一定いる印象ですが、政府などの調査データでは、「お金について不安」と回答する方が多いのも長らく変わっていない気がしています。この不安の正体についてはどう見ていますか。

瀧:最新の内閣府の国民生活に関する世論調査では、「悩みや不安の内容」が何かという問いに対して、63.5%の方が「老後の生活設計について」、その次が「自分の健康について」で、59.1%です。不安って、ロジックではなく心理的なもので、状況によって生まれるものですよね。おそらく「どう頑張ってもどうにもならないのでは」と思う気持ちが不安の元だと思います。
それらの不安の元を分解すると、問題が定量化できていないことが多いと思ってます。老後の不安でいえば、自分が未来にいられる実感が沸かない、イメージできないんです。だけど、ゲームであれば最初はできないけれど、やっていくうちに自分の状況が定量化できますよね。攻略サイトを見てクリアすることもできますし、一度クリアすれば倒し方をイメージできるようになります。ゲームとリアルライフゲームの恐怖の差って、解いている自分、倒している自分がイメージできないからというのが、すごく大きいのかなと。

有馬:特に老後となると、若い時にはイメージし難いですよね。

瀧:お金の不安をさらに細分化すると、上記で1位だった「老後」の不安の1つは介護にかかる費用が読めないことです。 介護ホーム費用だけでも莫大な出費になり得ますし、場合によっては、介護離職者になる可能性だってあります。高額医療制度を無視して考えているケースも多く、この場合は医療費が青天井と認識している可能性があります。このように支出サイドでも、不慣れな話で大きな数字が飛び交うのだから、そりゃ不安になりますよね。

収入サイドでは年金の不安です。いくら年金がもらえるかわからない人や、自分の世代はもう年金はないのだ、と思っている人も一定います。つまり粗々にでも制度の実態を把握している人が少ない、これも不安につながっています。

さらに育った自宅をいつ処分をするかなど、気の重いアクションも必要になります。実際には、より早い意思決定がウェルビーイングを生むのですが、とはいえ、あえて今、考えたくもないよなぁ、というトピックですよね。このあたりを以前トピックとしてコメントした記事があります。

介護に貯金…まだ間に合う 人生100年時代、お金の誤算 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO73420610Q1A630C2W01000/

2021年7月3日 日本経済新聞

この記事によると、1位が「介護費用負担」、2位が「老後も支出が減らない」、3位「住居費」、4位「住宅ローン」、5位「預貯金が足りない」、6位「年金が少ない」、7位「詐欺で失敗する」、8位「認知症」、9位「リタイアできない」、10位「保険が無駄になる」といったラインナップです。これは極めて良いリストだと思います。とはいえ、家族と一緒にこのトピックについて悩みたいですか、と問うた時、ほとんどの人が「今週じゃなくていい」と答えるんじゃないかなと。

だけど、勇気をもって自分の状況について把握すれば、これらのリストが老後の「不安」から「課題」に変わると思います。日本人は、バブル崩壊以降はどんどん不安になり続けている気がしますが、どう生きたって人間は年を取ると不安になります。結婚しない理由や子どもを作らない理由に、お金の問題が出てきたりもしますが、ちゃんと不安に対する解像度を上げられると、その状況はだいぶ変わるんじゃないでしょうか。こわい人だって、実際に話に行ったら怖くなくなること、多くないですか?(笑)

いつ死ぬんだろうか、何が起こるか、解決策は何があるか、というのがわかると、問題が何1つ解決していなくても少しだけ大丈夫な気がしてくるはずです。それこそ見える化です。まだ解決していなくても選択肢を可視化して、それでも自分には無理だってことがわかること自体もすごく価値があります。要は、問題の解像度が上がることで、対応できる能力も上がるし、諦めがつくようにもなる、そうすると気が楽になるのではないかなと。

キャリアの全体像が見えづらい時代の雇用不安

有馬:ここからは老後不安の次にあげるべきお金の不安について教えてください。

瀧:老後不安に加えて、もうひとつの大きな不安は「雇用不安」です。しかしながら、今は転職がプラスな選択肢となっていたり、働き方自体が多様になっているので、雇用不安は老後不安と比べると対処可能なものだと思います。
今、仕事を取り巻く環境は非常に混沌としています。少なくとも3、4回は転職して生きていく世の中にはなり、仕事は生成AIに奪われるかもしれず、この先どうすればいいのか、という時代に突入しています。職能を磨いて良い仕事ができるようになっても給料が上がるとは判断できない世の中なので、今はキャリアの全体像が見えづらいですよね。

とはいえ、今の環境への不安や不満は行動のきっかけになるもので、それをバネに転職する、行動する人が一定数いることは事実です。今の場所への何らかの落胆みたいなものとセットじゃないと人は簡単には動けないので、ここで行動できる人は本当にすごいと思います。

有馬:そうですね。ただ隣の芝が青いだけでは、行動するのは難しいです。

瀧:働き方が多様化しているので、仕事で後悔のないチャレンジをすることが、ひと昔と比べて可能になっているでしょう。ただし、巷に溢れている積極的なチャレンジの成功体験だけではなく、チャレンジをしたけれどうまくいかなかったケースを知っておくことも重要かと思います。

有馬:言われてみると、確かに失敗したケースってあまり見かけませんね。

瀧:メディアでも積極的に取り上げられないんですよね。あったとしても「失敗したけれど、私は元気です」みたいなトーンのものが多い気がします。ちゃんと失敗したケースを知るのって難しいのですが、内館牧子さんの『夢を叶える夢を見た』は、それを知ることができる貴重な書籍です。これは夢を叶えるために行動した人、しなかった人へのインタビューを元ととして、失敗をした人の話がちゃんと出てくるノンフィクションです。世の中では良いことばかりが報道されるわけですが、実態として「行動しなくてよかった」という人は一定数います。そういったケースを知ることができるという意味で、これはすごく真摯な本だと思います。

もうひとつ、岸田奈美さんの『もうあかんわ日記』もイノベーションだと思います。著者の人生に次々に襲いかかる「もうあかんわ」なラインナップがこれでもかと詰まったエッセイで、これは老後不安と雇用不安の両方を体現している内容にも関わらず、泣けて笑える名著です。
当社には社内公募制度の「MFチャレンジシステム」というものがありますが、これもある種の転職ですよね。ただ、社内異動が転職や起業と異なる大きな点は、新しい環境への解像度を一定程度上げて挑める可能性が高いことだと思います。要は、老後不安と雇用不安の共通点って、その先の姿をイメージするのが難しいということなんです。まだ老いたことがないけれど将来の不安への対処方法を挙げること、まだ働いていないけど転職先での自分の活躍方法を明確にすること、どちらも解像度を上げるのが相当難しい、そのことが不安へとつながるんです。

住宅、医療、教育。選択肢が多いものの不安の解決法

有馬:そもそも大きな出費というのもお金の不安に挙げられると思いますが、そちらについてはいかがでしょうか。

瀧:大きなものだと、住宅、医療、教育ですよね。 正解が非常に多様なものへの支出というのは、人は不安になるものです。種類が多すぎて選択が困難なため不安を抱えがちですが、これは5年後くらいまでフォローしてくれたら少し解決する可能性があると思います。難しい買い物って、アフターケアが充実していれば大丈夫なケースがあるんですよ。マンションを購入した1年後に「購入していただきましたけど、ぶっちゃけどうですか。嫌だったらあちらに引っ越せますよ」みたいなアフターケアがあったらどうでしょうか。

有馬:めちゃくちゃいいです。購入したけれどお隣さんとそりが合わなかった...とかあると思いますが、それって賭けでしかないですよね。お金だけが問題なわけではないけれど、 大きな支出が絡むと「お金の不安」として語られる、ということですね。

瀧:そうですね。ただ、悲しいかな実際、お金は必要ではあります。創業直後のマネーフォワードでは、「投資の不安をなくす」という観点から、他の人の投資状況がみえる『マネーブック』というプロダクトを作りました。それ自体はクローズしましたが、同じような状況の人が、どうやったら老後の生活費を減らせたのかとか、そういうリアルが見えると、結構楽になるんじゃないかなと。

有馬:お金が減っていくかもしれないことへの恐怖、不安って大きいですが、みんなの老後費用とかを知れると、すごく参考になると思います。 

瀧:お金を貯めることに焦点が当たりがちですが、『DIE WITH ZEROビル・パーキンス)』という書籍では、死ぬまでにお金を「使い切る」ことに焦点を当てています。そういった考え方を取り入れるという手段もあります。

有馬:使い切るってすごく理想的だなと思いつつ、生きているうちにお金が減っていくって、やっぱり怖いんですよね。寿命が100年ですって言われて、100年と0日後に死ぬと決まっていればできるんでしょうけど、難しいですね。

瀧:資産が減るというのは、人にとって相当な恐怖ですよ。実体験としてもそう思います。
不安を解消する方法のひとつとして、個人で自分の年金を強化する方法があります。それを可能にするのがイタリアの銀行家トンチさんが考案した「トンチン年金」という年金制度です。これは長生きするほど多くの利息を受け取れる仕組みで、政府が発行した国債を購入して長生きした人は、死亡した人の分の利息も受け取れる終身年金制度です。例えば、65歳の人がそれまで1000万円の国債を購入していた場合、毎年死ぬまで30万円が支払われるというケースであれば、来年死んじゃったらすごく損だし、40年生きたらお得ということになります。これって、まさに日本の年金制度のそれで、一番理想的ではありますよね。自分でトンチン年金やトンチン保険を購入すれば、保険会社が潰れない限り自分の資産は一定保証されるわけです。あとは、突然85歳になった時に大きな買い物がしたくなるかもしれないので、大きい金額を用意しておきたいなんていう要望もあるでしょう。それは個人差があるので上手にやるしかない。まずはこの年金制度が最強なのでは、というお話でした。

(後編につづく)

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