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「インパクト投資」のいま(中編)

「マネーフォワード Fintech研究所 瀧の対談シリーズ」の第13回をお届けします。前編では、田淵さんのこれまでや、インパクト投資に興味を持たれた経緯について伺いました。中編ではZebras Uniteとの出会いから、ゼブラ アンド カンパニーの立ち上げについて、伺っていきます。

Zebras Uniteとの出会い

田淵:ベンチャーキャピタルで起きうる、投資家側と起業家側の成長ビジョンの不一致という課題をどうにかできないかと思っていた頃、イギリスのオックスフォードでスコール・ワールド・フォーラムというカンファレンスに参加する機会がありました。ここでZebras Uniteの共同創業者の1人に出会ったのですが、彼女がパネルディスカッションでゼブラ企業のコンセプトを話していて、私が思っていたこととほぼ同じことを話されていたんです。彼女はアメリカの方なんですけど、アメリカでも同じこと考えている人がいるんだってことに驚いて、そこで意気投合しました。その1年後、Zebras Uniteの日本支部みたいなことをやりたいと、サンフランシスコまでピッチしに行きました。

瀧:Zebras Uniteは、アメリカではNPOなのでしょうか?それとも株式会社なのですか?

田淵:日本語で言う協同組合ですね。ゼブラ企業の考え方の1つに、マルチステークホルダーを大事にするというのがあるんですね。会社は株主だけのものではなくて、いろんなステークホルダーがいます。お客さんも従業員も、地域の住民も入りますし、サプライヤーを含めたマルチステークホルダーを考えながらやっていくのがコンセプトです。

世界では経済的な格差や権力的な格差など様々な格差が生まれていて、そうした多様な考え方に適した形態をいろいろ探っていくうちに、Zebras UniteはLCAという、いわゆるLLCの組合版みたいな形の法人格になりました。これは日本でいう協同組合に一番近いと思うのですが、すごく変わっている組織形態で、世界中に支部があり、その支部の我々が組合員として、アメリカ本部の議決権を持っていたりするんです。
サンフランシスコでのピッチが認められ、最初にZebras Uniteを日本ではじめたのが、2019年です。

当時Zebras Uniteの活動は日本では誰も知りませんでしたし、「ゼブラ」と検索してもボールペンの会社しか出てこないような状況でした。組織を一緒に立ち上げた陶山さ*1と、覚えやすい日本語を考えよう、ということで作ったのが「ゼブラ企業」という言葉です。そこから国内での啓蒙活動を始めました。
1年半ぐらいやっていると、思った以上に反響がありました。経営者や起業家、地方自治体や金融機関など、様々な方から問い合わせをいただくようになったほか、運よくメディアにも取り上げていただいたり、啓蒙活動としてはうまく行ったと思っています。

ゼブラ アンド カンパニーの社会変革の地図

この図を我々はセオリー・オブ・チェンジや社会変革の地図と呼んでいるのですが、自分たちのビジョンに向かうための地図のようなものです。我々の目指すビジョンが一番上の水色のところにあるのに対して、一番下にある「”ムーブメント・コミュニティ”づくり」が今お話した最初の取り組みで、順に階段をあがってビジョンに近づいていくイメージです。今は下から2段目の赤紫のところにいます。

ゼブラ アンド カンパニーの立ち上げ

田淵:啓蒙活動は順調に行えていましたが、啓蒙だけだといつか終わりが来ると思っていました。そこで、元々やりたかった投資や経営支援の実例を作ろうということになり、2021年に「ゼブラ アンド カンパニー」という会社を立ち上げました。設立時に、セオリー・オブ・チェンジを作りましたが、実際に中央右側にある「投資・経営支援による実例をつくる」以外にも多様なパートナーシップを結ぶための活動を行なっています。また、これを通して自分たちがやっていることの理論化を図り、そして「社会に実装する」というサイクルを生むという形です。ここが我々の強みになったらいいなと思っています。

ただ、今はまだ「ゼブラ企業」というものがコンセプトに近いので、言語化して説明できない部分がありますが、経済性だけではない価値や長期的な成長モデルが可視化され説明できるようになれば、例えば資金提供者に対して「一定期間の中で、このぐらいのリターンが上がります」と説明できるようになり、お金を提供してくれる人は増えてくると思っています。今はそれを目指しています。

瀧:この4年ぐらい、弊社も社会実装という言葉がキーワードになっています。ただ、創業者の一人として思うのは、マネーフォワードは創業時から、日本の社会課題をfor-Profitの文脈で解消したいと思っていたということです。営利でやってきた事業に対して、付加的に社会的意義を感じてもらっている立ち位置にいますが、もっと社会貢献を全面に出してもいいのかもしれないと迷うこともあるんです。
でもお話を聞いていると、営利か社会貢献か、別にどちらかに分かれるものとかではなくて、お金の出し手によってコミュニケーションの重みを変えていけばいいんじゃないか、という感触を持つことができました。

田淵:おっしゃる通りだと思います。最近は特にそういう傾向が強いようにも感じます。私が関わっているベンチャーキャピタルなどが主催するアクセラレーションプログラム(スタートアップ企業との協業や出資を目的として開催される育成プログラム)に参加される起業家も課題解決から入られる方が結構多いです。

起業家に限らず上場企業とかでも同じだと思うんですけど、出し手によって「お金の色」は異なると思います。まさに「どのような期待が乗った(どのような色の)お金か」ということが起業家/経営者の意志とちゃんとマッチしていないと、結局はいかなる企業も不幸になってしまう。だからそこを合わせていくことが重要なんですね。

ただ、起業家がそういった意識を持ったり、誰がどのような色のお金を持ってるのかを可視化することなどは、まだ難しい部分だと思います。それらをもうちょっと整理して、「お金が適したところに行く」みたいな世界になっていけるといいですね。

サステナビリティブームをどう見ているか

瀧:この数年間、グレタ・トゥンベリさんの活動にはじまり、ブラックロックのレタ*2、アメリカのビジネス・ラウンドテーブ*3での発言など、上場企業は資本主義の様々な曲がり角を見てきたと思います。資本市場のマネーを、もう少しサステナブル色に変えるべきという社会の圧力により、急に「サステナビリティ」という宿題を抱えさせられた気持ちでいる人が多いように感じます。最初からパッションを持ってこの分野に取り組んでこられた田淵さんからすると、こうした現状をどのように見ていますか?

田淵:こうした考え方が広まってきていること自体はすごいことだと思います。特にインパクト投資市場は急拡大していると感じます。私がインパクト投資の仕事を始めたときは、各国でもまだインパクト投資が1つの「業界」と呼ばれるような規模に成りうるのか疑問を呈されている段階で、インパクト投資などは誰も知らないし、気にしてもいないという感じでしたが、今や「インパクト志向金融宣言」に署名する金融機関は40以上にもなっています。知名度も含めて市場自体が広がってきたというのは、本当にすごいことだと思ってます。

一方で、見落とされがちな部分もあります。現在インパクト投資などでお金が集まっているのは、既に社会的が経済的価値に置き換えられている分野がメインです。つまり、顧客がその価値に対してお金を払ってもいいと思え、投資家もお金を出してもいいと思える、ということです。こういった分野は多くあり、基本的に定量化が進んでいます。特に金融機関はアカウンタビリティも考慮しますので、やはり説明しやすいものを選びます。そうすると、どうしても曖昧なものは排除せざるを得ず、定量化しやすく、かつ一定以上の規模がある分野にばかりお金が集まってしまう傾向があるように思います。CO2削減などの環境問題が最たる例です。

まだ市場規模が未熟な分野だとか、まだ社会的価値が経済的価値に置き換わっていないような分野はどんどん置いていかれてしまう、ということを懸念しています。この状況が続けば、定性的なものに対する許容度がどんどん低くなり、結果として定性的な説明やPRができなくなる可能性があります。これは今のインパクト投資市場が拡大している反動として見えてきた課題だなと思っています。

瀧:本来社会の尺度はお金だけではないはずなので、ご指摘はもっともだと思います。
例えば「貧困」などの社会問題に対しては、お金をかけることでダイレクトに解決できる部分が多い。一方、1人当たりGDPが4〜5万ドルを超えてきて、「所得」と「幸せ」の相関が次第に薄くなってくる領域に達すると発現する「孤独」などの問題はお金をかければ解決するものでもないのですよね。

田淵:我々はまさにその社会課題の変容の狭間の部分を支援しています。「貧困」のようなある種分かりやすい課題は、フィランソロピーや政府などのパブリックセクターのお金でカバーしやすいんです。でも「孤独」のような課題は、実態も分かりにくければ定量化もしにくい一方、明らかに存在する課題だったりします。この狭間にある課題は、おそらく成長の仕方とかお金のリターンの面でも既存の事業のようにはいかないという特徴があって、そういう課題にもしっかりとお金が届くように、我々はトライしているのだと思っています。

瀧:お金だけで解決できる領域にも、まだまだ課題が残っていると思うのですが、それ以外の課題に対しても解決しようと挑戦する人に対して、常に「どうやってマネタイズするのか」と、そればかり要求されても難しいよね、という気がしますね。これはマネーフォワードとしても直面する課題で、私たちは「『貯蓄』から『投資』の流れを進めることができれば、日本は生まれ変われる」と、10年ぐらい言い続けているんですが、そのモデルそのものでは主たる業としてマネタイズするのが難しいという事実もあります。

事業を起こすときには、こういう社会課題を解くことに本気になれるんですよね。ただ、その想いだけでは3年ぐらいしか全力で走れない現実があって、それ以降もちゃんと走り続けるためには、そこに社会課題の内在化が図れているケースが多いなと思います。

私たちの場合だと、家計簿アプリの技術を応用して会計ソフトを展開したように、事業をしていく中では多少のピボットも必要かと思います。
こういった事業の課題ですとか起業家の悩みに対して、田淵さんはどのような支援をされていらっしゃるのですか?

田淵:我々は、多様な事業を行っていますが、起業家への直接支援という文脈ですと投資を行っています。また、投資をした後に経営支援をするという流れもあるんですけど、逆にお金はさほど必要ないけど経営支援を必要としているという会社もあるので、そういったところには経営支援事業としてサービスを提供しています。

経営支援の中には「Finance for Purpose」というサービスもあります。これは会社を立ち上げた後に作ったゼブラ企業向けの資金調達伴走サービスです。なぜ始めたのかというと、経営支援をやっている中で「どんな色のお金が自分の事業に合ってるかわからない」「自分が求めている色のお金を誰が持ってるかわからない」という相談をいただくことがすごく多かったんです。元々経営支援とか投資をする中でも似たようなことをやってはいたのですが、目的をわかりやすくするためにもこの部分を切り出して「Finance for Purpose」を立ち上げました。

ゼブラ アンド カンパニーのJourney of "Finance for Purpose" 

田淵:これは支援の流れを表した図です。最初に「目指す社会インパクトの可視化」や「そもそも何を目指していたんだっけ」という企業のビジョンに近いものを一緒に改めて考え、今の事業内容や戦略が本来目指していたものと整合しているのかを問うていきます。その上で最終的な事業計画や資金調達計画の数字まで見ていって、その数字が考えている事業を作れるような数字になっているか、その先のインパクトを作れるものになっているかを確かめていきます。

こうしたプロセスを一緒に越えていくと、「どんな色のお金がこの事業に合いそうか」ということが見えてくるんです。その段階で資金調達プランを作っていくんですが、これは場合によって様々です。助成金やフィランソロピー的なお金が合う場合もあります。逆にこの事業ならVCの方が良いとか、銀行融資で行けそう、といった場合もあります。様々なタイプで分けることができることを、資金調達の前段階から一緒に準備し、場合によっては一緒に資金調達まで行います。これが新しくサービスとしてパッケージ化したFinance for Purposeの大きな流れです。

(続きは近日公開の後編でお届けします)

注釈

*1 陶山 祐司
ゼブラ アンド カンパニー 共同創業者 / 代表取締役、Tokyo Zebras Unite 共同創設者。
https://www.zebrasand.co.jp/about

*2ブラックロックのレター
米ブラックロックCEOのラリー・フィンクが2018年年頭に公表したレター「A Sense of Purpose」。文中で「企業が継続的に発展していくためには、すべての企業は、優れた業績のみならず、社会にいかに貢献していくかを示さなければなりません。」と強調し、話題となった。
https://www.blackrock.com/jp/individual/ja/about-us/ceo-letter/archives/2018

*3アメリカのビジネス・ラウンドテーブル
米国の主要企業による財界ロビー団体。2019年8月19日に「株主資本主義」から「ステークホルダー資本主義」への転換を宣言し、注目された。 https://dhbr.diamond.jp/articles/-/6147


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