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林檎の木の下で


「林檎の木の下で」という歌が好きだ。もともとは 1905 年に発表された古いア メリカの曲(Harry Williams & Egbert Van Alstyne)で日本ではディック・ミネが 1937 年に柏木みのるの日本語詞で録音したのが最初という。
     私は父親がディ ック・ミネのファンだったせいで、子どものころから聴き、親しんでいた。 大人になってあらためてこの歌と出合ったのは 1980 年だったか。友人に勧め られて観た芝居「上海バンスキング」の中で、吉田日出子扮するまどかが日中 戦争開戦前の上海のジャズクラブで歌うのだった。 
   その独特な歌声は、甘いラ ブソングにもかかわらず、芝居のテイストとも相まってどこか透明な哀しみのよう なものをたたえていて、伴奏のクラリネットとともに私を魅了した。1994 年のシア ターコクーンでの最終公演の際、終演後のロビーで吉田日出子がこの歌を歌っ てくれた時には涙を禁じえなかったほどだ。
   そして 97 年、再度の出合はパリ行きの飛行機の中。機内サービスで映画を 見ていた私はエンドロールとともに流れてきた「林檎の木の下で」に思わず声を あげそうになるほど驚いた。映画は周防正行監督の「シコふんじゃった」歌って いるのはおおたか静流である。 映画の公開は92年で、いくつもの賞をとっている作品だから長いあいだ気づ かずにいた私はうかつとしかいいようがないのだが、これをエンディングテーマ に選んだ監督のセンスの良さには心底感心した。ディック・ミネとも吉田日出子 とも違う(あたりまえだ)おおたか静流の歌声も素敵だった。
   ついでに付け加えればこのパリ行きはボローニャのブックフェアに行くためで 私は初のブックフェア参加。着いた翌々日だったか、ルーアンに住む絵本作家 の谷内こうたさんのお宅を訪ねると、庭に大きな林檎の木があって、なんだかそ のつながりに不思議な気持ちになったものである。
 ところで北村英治といえば日本のジャズクラリネットの第一人者。御年94歳にしてバリバリの現役。銀座スィングで今でも月に1~2回はライブ演奏をしている。
 ここ数年誕生祝いということで、愚息が私の生まれ月10月の北村英治出演日に招待してくれるのだが、今年は誕生日ピッタリの10日がその当日。リクエストした「林檎の木の下で」を早々に演奏してもらい、ハッピーバースデーソングというおまけまでついて、なんとも贅沢で素敵な誕生日の夜を過ごすことができた。北村氏はまだ10年くらい演奏できそうといって、実際満更夢物語ではないお元気さなのだが、私も是非ともあやかりたいものである。


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