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【イラスト付き】衡平な選択 1章

こんにちは。
2020年からAmazonで販売している「衡平な選択」にイラストを付けました。まずは1章ということでお楽しみください。


電車の中で口から小玉が出てくる高校1年生の遥

【現象】


カツーン。 明瞭な音が車内に響き渡った。佐藤遥は特段、それを不快なものとも思わなかったが、本能的に恐怖を覚えた。 カツーン、カツーン。 音は響き渡る。それが自分の口から零れ落ちたものだと気づくには幾分の時間もかからなかった。小さくて球状の物体(以下、「小玉」)。しかし、歪な形をしたそれが遥の口から零れ落ちていた。周囲の視線が身体に突き刺さる。次の停車駅に到着する時間までがもどかしい。止まれ、止まれ。いよいよ電車が停車すると、遥は一目散にトイレに駆け込んだ。吐いた。込み上げてくる液体が酸っぱい。しかし小玉はもう落ちてこなかった。一体どうなってるの?

智也とのデートに備え姉から借りた白のコートを着る遥

 遥は帰宅すると、制服を脱ぎ、通販サイトのセールで買った黒のワンピースに身を包んだ。上から白のコートを着た。姉から借りたものだ。椎名智也とのデートまで後一時間。化粧を丁寧に終えると鏡を入念に確認し、再び家を後にする。男性とのデートはこれが始めてではない。しかし、椎名智也は武蔵高校のアイドルだった。そんな智也は遥の一つ上の先輩であり、受験生であった。センター試験をまもなく控えた一月の上旬にデートをしてくれるのは彼の優しさなのか、怠慢なのか遥には分からない。告白したのも半年も前のことだ。どこからか遥のLINEの連絡先を聞いた智也は、昨夜、明日うちに来ないかと誘ってきた。全身の毛も剃ってある。いつそういうことになってもおかしくないように準備はしてきた。ただ、気になるのは先ほどの列車での不可解な現象。あれは一体なんだったのであろうか?遥は指定された住所を元に智也の家を突きとめた。一瞬の逡巡の後、インターホンを押す。ごくり。遥は生唾を飲む。 「どうぞ」 くぐもった声で短い返答があった。学校で聞きなじみのある爽やかで明るい声と同一人物であることを疑わらわしく思わせるものであったが、遥には分からない。舞い上がっているのである。 
 学園のアイドル。ルックスがそれほど良いわけではない。ジャニーズ系でもEXⅠLE系でもなくどこか中性的な印象を与える彼は、剣道の全国大会で優勝するほどの腕前であり、文化祭実行委員会委員長である。彼が話をする空間はどこか華があり、輪の中心にはいつも彼がいた。そんな彼が遥に声を掛けてくれたのである。令和始まって最大のイベントである。一方で、遥は成績こそ悪くはなかったが、これといった特技もなく、趣味もネットサーフィン程度、つまり魅力とは何なのかということすら考えを巡らせることがなかった。そんな遥と智也のデートを遥はどう受け止めていいのかわからない。  
 灰色の無機質な壁に黒の扉。その扉をあけると、二階から声がする。 「こっちだよ」 少し恐怖を感じるものの、遥は近づいていく。階段をみしりみしりと一段一段上がっていくと、彼の部屋から微かな香りが鼻腔をくすぐる。これはラベンダーか。 「こっちへおいで」 彼の囁きが遥の首筋をくすぐる。そんなつもりじゃなかったのにとかまととぶる暇もなく、遥は智也の元に吸い込まれていく。その時だった。 カツーン。 どこかで聞いた明瞭な音が響き渡る。と思ったのも束の間。 カラカラカラン。 大量の小玉が智也の膝の上に落ちる。声にならない悲鳴を上げた智也は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。

遥の口から大量に出る小玉に、驚いて座り込む智也


 「ト、トイレどこですか?」 遥は思わず詰問するかのように聞き出し、その場を後にした。嘔吐いた末、出てくるものはもう何もなかった。それからどうやって帰宅したのかは覚えていない。気づいたときにはもう自室にいた。冷や汗が脇を伝う。まただ。また出てきた。どこから?どうやって?自分の身体に何か異変がある、そう強く自覚した最初の瞬間だった。智也とのデートは闇に押しつぶされた。いや、もっと大きなものを失うかも知れない。漠然とした感覚が、遥の未来を予兆していた。

◇            ◇               ◇

インターネットの検索から閲覧できる情報は、インターネットに含まれている情報のほんの一部である。これをサーフェスウェブと言う。検索できないが通常のブラウザで閲覧できるものをディープウェブと言い、機密性の高い情報が扱われている。そして、専用のツールでないと閲覧さえできない情報をダークウェブと呼び、犯罪の温床にもなっている。もっともその匿名性の高さから、内部告発に使われることもあり、一概にその是非を断じることはできない。ただ、一般市民が手を出そうものなら個人情報の流出やウィルス感染などの被害に襲われる危険性があるため、関わらないに越したことはない。たとえあなたの個人情報が既に売買されていたとしても。
 そんなダークウェブを毎日ザッピングしているものがここ、週間Xのデスクにいた。記者歴10年の御手洗霊司である。艶のある七三分けの髪型に何の変哲もない黒のスーツを身にまとっているため、堅実な印象だ。元々は大手新聞社に勤務していたが、他社と代わり映えのない情報の取材レースに辟易して、マイナーな週刊誌である株式会社Xに転職した。この雑誌不況の中、もちろん売上は芳しくない。しかし、出版社というのは表の顔であった。その内情はアンケートと業務斡旋であった。
 街角やショッピングモール、レストランなどでアンケートを行われているのを目にすることは多い。ただ目にするだけであって、それを実際に行うものはほんのひと握りである。しかし、マイクとカメラを向けられるとどうであろう。もちろん、それでも逃げ出す人間はいる。しかし、自分が脚光を浴びるんだと勘違いをして浮かれ気分になるものは今も昔も変わっていない。それは現在のYoutubeなどの配信サイトの多様化、ユーザー数の増加を考えると議論の余地がない。皆、自己承認欲求を満たしたいのである。
 そこで、記者はインタビューの中で雑談を交えながら、記事になったら連絡すると言って、個人情報を聞き出す。そして、ここしか使いませんよ、と言いながらも実態はここ以外を使うのである。そこで得た情報をメーカー等に還元してマーケティングに活かす。もっと言えば、モニターのバイトを募集している旨のメールが送られてくる。割が良い仕事としては、ホスト・モデル・水商売・風俗業の斡旋である。株式会社Xがその窓口となり、収益の一部が還元される。そう言うビジネスモデルである。なお、Xがセックスの隠語であることは関係者にとっては周知の事実である。
 霊司はそういったこと全て分かった上でXに入社した。ジャーナリストとしてのプライドを捨てたかと思われるかもしれない。しかし、ここには何のしがらみもない。広告ばかりの週刊誌は売れる必要がないのだから。それにXは副業が認められていた。それは水商売や美容業界などで働くことが成果につながるためである。だから、成果さえ上げていればフリー記者御手洗霊司として、大手に情報を流すことができる。もちろん、前職の同僚を頼ることも可能だ。
 そんな霊司がひっかかったのはダークウェブではなく、Twitterの写真だった。女子高生(もっとも顔は隠されているが)が石ころを吐き出してると言う。このぐらいの加工は簡単だ。Twitterは一部ではデマッターと呼ばれるほど信頼性が低い情報源だ。震災時などに毎回デマが飛び交う。ただ、なんの面白みもなく、バズってもいない画像が複数件投稿されていることに霊司は違和感を覚えるのだった。


次章は「邂逅」です。

続きは、こちらから。


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