【我らがミステル】 ロティーナ監督インタビュー 翻訳
こんにちは、El Gran Equipoです。
実は、スペイン語を勉強しているのですが、Twitterを見ていると飛び込んできた、ゆうきさんのこちらのツイート。
(慌ててフォローさせていただきました)
スペイン、ガリシア州の地元紙、La Voz de Gaiciaにて、4月12日に掲載されたもの。少し間が空いてしまっていますが、勉強も兼ねて翻訳してみました。
一部意訳や分かりづらい部分もありますが、ロティーナさんの人物像が垣間見える素敵なインタビューでした。
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≪Llegué tarde al reparto de caras≫
監督は日本人の従順さに難しさを感じながらも、批判の少ない環境を楽しんでいる。
ミゲル・アンヘル・ロティーナ(メニャカ出身、1957年生まれ)が日本に来て5年が経った。彼はその国の魔法にかけられた。その平和な国に触れ、彼自身もベンチから穏やかに指揮を執っているようである。彼は夫人にここを最後の地とすると約束した。なぜならスペインでの監督生活に戻る以上のものをこの地で得ているからである。
どのタイミングで、環境を変え、海外の地で指揮を取ろうと考えたのですか?
-正直にいうと、ビジャレアルを去ろうと考えていたときでした。その後は少し悩んでいましたが、スペインでの監督生活に関心がなくなっていました。なぜなら、スペインで指揮を執った最後の頃は、あまり良い感情を持っていなかったからです。
最初から日本に来たいと思っていましたが、初めはそのような縁がありませんでした。そのため、まずはキプロスやカタールへ行き、その地をとても好きになりました。しかし、そこでの問題として、フットボールに対する情熱がそれほど感じられなかったのです。ほとんど観客がいませんでした。日本では真逆で、スタジアムは観客で埋め尽くされます。一番人気なスポーツは野球であるにもかかわらず、多くの人がフットボールに関心を持っているのです。
キプロス、カタール、日本…その他に挑戦してみたかった国はありますか?
-妻にはここを最後の国にすると約束しました。カタールで生活した後、この地へ来たが、それぞれの国が全く異なり、変化がありました。例えばカタールでは、どこでも英語が通じますが、日本では殆どの人が英語を話しません。あらゆる時も通訳が必要になるのです。私はいつも言うのですが、日本にはスペイン人にとって、良くないことが2つあります。一つ目はスペインからとても遠いこと、そして二つ目が言語です。大前提として、私が日本を他の国に変えるのは難しいですし、この地に監督として来ることは簡単ではないのですが、一度来てしまえば、多くの可能性が広がっているのです。
日本に到着したとき、選手はとても従順で、ミスを良くないことと感じていると言っていましたが、その点をどのように指導しましたか?
-それは簡単ではありませんでした。5年間、トレーニング中の接触でケガ人が出たことがありません。参加者が少ないのです。日本人同士の喧嘩や軋轢もありません。接触があるといつも、お互いに謝るように求められるのです。これが(試合の)ピッチ上にも持ち込まれ、実際に起こるのです。我々は様々な選択肢の中から、タスクを準備しますが、最後の選択を行うのは選手たちです。さもなければ、言われたことしかやらない礼儀正しい人に過ぎないのです。これはスペインのフットボールと正反対な点で、日本の選手は主導権を持とうとしません。
あなたに従わない選手を恋しく思うということですか?
-はい、その通りです。もっと主導権を持つべきです。
休息に関しても指導を行ったのですか?
-日本の選手たちは疲れることがありません。トレーニングが終わっても、居残りでシュートやクロスの練習をもう1時間半行います。これはまた別の話です。例えば、我々のトレーニングは10時から行います。私は普段クラブハウスに毎朝8時ちょうどに到着します。そしてロッカールームに行くと、2時間前にも関わらず、既に8,9人の選手がいるのです。これは驚くべきことです。しかし、その後、私が3時か4時に帰る頃にも数人がまだそこにいるのです。誰一人急いで帰ろうとしません。
今、スペインでオファーがあれば受けますか?
-いいえ、もう受けることはないでしょう。ここをとても気に入っていますし、5年が経った後で、メンタリティを変えることは難しいのです。このような平穏で、結果よりも取り組みに価値を置くような環境は、スペインとは真逆です。一部リーグで12年、二部リーグで3年間過ごした時期にはとても満足し、幸せでしたが、もうそれを求めていません。
守備的な監督と言われることは気になりますか?
-気になりません。当時、中盤を3枚並べてプレーするのは、ほぼ私だけで、時代遅れだと言われた時期もありました。現在は、結果的にシティがその形で多くの試合をプレーしています。グアルディオラは世界で最も革新的な監督でしょう。スペインではアトレティコ・マドリード、バルセロナ、そしてチェルシーやインテル…多くのチームがその形でプレーしています。しかしながら、フットボールを知らない多くの人がフットボールに意見しているのです。上手く守備をすることが、守備的と捉えられます。私は自分のチームが上手く守備をすることを好みます。しかし、私は守備的だと思いません。他のスポーツでは、守備を上手く行うチームが評価されますが、フットボールでは批判の対象になってしまうのでしょう。
いつも悲しそうだという声にはどう感じますか?
-これは正しいです。写真やインタビューでの自分を見て、私もそう思います。なので、私は自分を見るのが好きではありません。いつも言うのですが、そういう顔なのです。顔を受け取るのが遅かったのかもしれません。これは避けられません。誰しも自分の顔を持たないといけない。いつも幸せそうに見える人がいたとして、後に結果として悪い性格になるかもしれません。私は反対に、冗談が好きなのです。しかし、顔はそのようにあり、それは確固たる事実なのです。
強制的質問:寿司はお好きですか?
-はい。ここにはたくさんのレストランがあり、日本食は気に入っています。しかし、寿司はほとんど食べません。友人や息子たちが来たときだけです。彼らは寿司が大好きなので。これまで日本で滞在したすべての街で、最初にやることはスペイン料理屋を探すことでした。今は、サングリアというお店に通っています。パエリヤや生ハム、トルティージャを売りにしているお店です。しかし、大阪に住んでいた時にはリコというお店に行っていました。なぜならそこにはEstrella Galicia(スペイン、ガリシア州のビール)があって、大好きだったからです。
バスク人のあなたが、どうやってタパスなしでやり過ごしているのですか?
-日本ではリーグが1月から11月まであるので、クリスマスの1か月間だけスペインに滞在しています。スペインがとても恋しいです。ここにはたくさんのコーヒーやお茶がありますが、ビールや料理はありません。日本には友達もいないので、妻がいるときはコーヒーを飲みに行きます。とても健康的な人生を送ることが出来ていますが、スペインでの生活とは異なります。
理解するのに最も苦労した日本の習慣は何ですか?
-日本人はノーと言うことを知りません。日本人にとって存在しない言葉なのです。また、スペインのように身体を触れ合わせることがありません。最初の頃は、試合が終わった後に選手たちを抱擁すると、少しおかしな様子で佇んでいましたが、その後はそれを好きだと気がついたようです。試合に勝つと私を探すようになりました。しかし、彼らの間で抱擁を交わすことはありません。それはまた違う考え方なのです。
ミゲル・アンヘル・ロティーナの人生において普通の一日はどのようなものですか?
-仕事がない日には、散策する街を探します。妻がいる場合は必ずそうしています。妻がいない場合には家で読書をしたり、映画をみたり、コーヒーを飲みに出かけたりします。妻がいるときには、いつも車や電車で街に出かけます。ここには素敵な街角があり、電車でどの町にも行くことが出来るのです。
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翻訳、めちゃくちゃ時間がかかりましたが、ロティーナさんのフットボールに対する情熱やユーモラスな一面を知ることが出来て、楽しく翻訳出来ました。
また、記事を見つけたらトライしてみたいと思います。
それにしても記事タイトルの"Llegué tarde al reparto de caras"は「顔の配給を受けるのに遅れた」と訳せると思うのですが、クセがすごい。。
(記事原文)