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【映画】ジョン・ウィック:パラベラム

10月4日、公開初日の『ジョン・ウィック:パラベラム(John Wick: Chapter 3 – Parabellum)』を立川シネマシティの極上爆音上映で観てきました。いわずと知れたキアヌ・リーブス演じる超人的な殺し屋、ジョン・ウィックの復讐劇のその後を描いたアクション映画シリーズの3作目。わたしは『2』も同じ劇場で初日に観ており、その感想もnoteに書いています。

今回、2年ぶりの最新作を観るにあたって、改めてNetflixで前作『チャプター2』を観なおしました。上の記事のなかで書いた感想と概ね同じで、アクション映画として抜群におもしろく、同時にお話的には煮え切らないところもあった。つまりその、続きものの洋ドラにありがちな「問題がスケールアップして棚上げになったまま次回に続く」みたいな、シリーズ化を前提としたその場しのぎが透けて見えてしまう、というもやもやが残ったんですね。

なので、個人的に『3』には期待をしつつも、このまま「追手が現れてそれを撃退してまた逃げて」という同じことの繰り返しが続くのではなく、ひとつ突き抜けたブレイクスルーを求めていました。

以下、誰が死んで誰が生き残るか、というような無粋なネタバレはしませんが、多少踏み込んだ感想を書いていくので、これから観るつもりの方は読まずに劇場へ『パラベラム』を観に行ってください。
大丈夫! おもしろかったから!

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キアヌのサインがあったよ

◆ ◆ ◆

ファック・ザ・ルール!

テーマに関しては明確なブレイクスルーがありました。『2』でも示唆されていたことだけど、それは他人が決めたルールを怒りと強固な意志でもって書き換えるということ。ジョン・ウィックがコンチネンタル・ホテルにおいて禁を破ってしまったのはなぜかと考えていくと、サンティーノにナメられたことへの瞬間的な、爆発的な怒りであり、それは個人的感情を殺して振舞うというプロのアサシンたりえない「エゴ」の発露からでした。プロフェッショナルはルールを尊重し、契約を守る。その意味で、実はジョンはとっくにプロであることを辞めているのだ。

前作の直後、ジョンが組織を追放(Excommunicado)されるところから始まる『パラベラム』冒頭は、まさにそのルールであり、闇社会のシステムそのものが彼を襲う。

本作に繰り返し登場する印象的な単語として"consequence"というものがあり、字幕では「報い」とされていた。プロであれば、甘んじて報いを受け入れる…。『2』のラストのもやもやのひとつである、コンチネンタルNY支配人のウィンストンはなぜジョンを見逃したのか、にも答えが用意されている。同時に、その報いも。裁定人(Adjudicator)は無慈悲な報いの執行者として、前作でジョンを助けたウィンストンやボワリー・キングのもとへ現れる。

しかし、すべてを奪われたジョン・ウィックはどうだろう? このルールと報いの法に対して、単なる逃亡者としてではなく、明確な生きる目的を持って決断的な意志で抗うことができるかどうか、それが大きな見どころでした。そしてそれをやってのけた。象徴的なある行為によって、組織に恭順を示す場面は胸が苦しくなるところでしたが、クライマックスのある決断によって見事にひっくり返した。あそこで完全にエンジンかかったね。

『1』でシンプルな復讐劇を描き、『2』でルールへの疑念を描いたシリーズは、『3』においてルールへの反抗を描いた。ジョン・ウィックは、ここへ至ってようやくサイバーパンク、スチームパンクと並ぶいわば「アサシンパンク」とも呼ぶべき概念に到達したと思います。

殺人のダンス

でまあ、そういう分析は脇に置いておくとしても、純粋に視覚刺激としてのアクションが盛りだくさんでサイコーでした。考えつく限りの、ありとあらゆるおもしろい方法で人を殺していく。序盤だけでも本、ナイフ、馬、バイク…もうお腹いっぱい! 前作までになかったバディ・ファイトも重点されているのも良かった。あと犬のかっこよさね。

作中、バレエ舞台のシーンで暗示されているように、ジョン・ウィックの近接戦闘の描写はほとんどダンスですよね。身体表現の世界。背景や小道具や照明効果に至るまで、ダンスの美しさを描くために逆算して配置されていて、そのゲームめいた割り切りの良さが心地いい。ガラスケースを割ると武器がPOPするとかね(ニンジャスレイヤーがよくやってるやつ!)。

もうあの、寿司屋のニンジャとか最高じゃないですか。あの日本人には絶対思いつかない間取りの寿司屋、トレイラーで観て大好きになっちゃったんだけど、ずるいよ。監督の甥がエアメールで資料を送っているのだろうか。

ネタの詰め込み度合いで言えば、この密度の映像が2時間ずうっと続くというか、見どころのみで構成されているみたいな映画なので、ダレるところが全然なかった。逆に、ちょっと休んでほしいくらい。考えてみれば、ジョンは作中で食事をしているとこも寝ているとこも全然描かれない(気絶はしている)。

まだまだ続く

終わりかたなんですけど、めっちゃ続いちゃいましたね。だってそうですよ、主席(the High Table)に反旗を翻すとなったら生半可な尺では済まないだろうし、変な話人気が続く限りいくらでも伸ばすことができる。その意味で、はじめに自分が危惧していた予感は半分当たって、今回もまた明確なカタルシスは用意されていないのでした。個人的な好みとしては、あのすました顔の裁定人に、なにか一発カマすところまでは見たかった。

一方で、物語のゴールの一部は示された。敵の大ボスの姿も。寡黙なジョン・ウィックが、この世界で生きて何を求めるのかさえも。彼はベラベラ喋ることはしないが、問いかけに肯定するときは力強く、そしてキアヌのあの声で、"Yeah…!"と答えるのだ。

にしても、ジョン・ウィックの格闘術は超人的すぎて、観ていてもまったく参考にならないんだけど、ひとつ学びがあるとすれば「電話でナメたこと言ってくるやつは無言で切れ」という点だ。あのシーン最高だよね。

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