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ストリクトさってどこまで必要!?

ストリクトさってどこまで必要!?
「ストリクト」という言葉はプラスの意味もマイナスの意味もあるなと思います。

われわれ子どもたちを預かる立場から考えてみたいと思います。

子どもたちの日頃の成果であるテストの答案。
正しく評価してあげたいですよね。
その意味では、その正確性はストリクトじゃないといけないと思います。

でも、たとえば、消し後が残っていて「ー」の符号が付いているように見えなくもない。。。

これを思いっきり「❌」とするのはどうでしょうか?

また、漢字のハネがあるのか無いのか微妙なもの、われわれが判別できないから「❌」とするのは、良いストリクトなのでしょうか?

試験本番のために敢えて厳しく「❌」にするという意見をよく聞きますが、本当に「❌」にしないと本番でも同じことをしてしまうのでしょうか?

そもそも、そういうことを気にすることが塾に来て学ぶ意義なのでしょうか?

と思ってしまいます。

そんなん、⭕️にしてあげて、「次ははっきり書こう」とコメントするなり本人に伝えてあげればいいだけじゃないかなあと思います。

そんなのは甘い?

じゃあ、ここで厳しくする正当性ってなんなん?
結構怪しいものだと思いますよ。

なので、エピスでは、そんなストリクトさは求めたくないと思っています。


私たちのもとには、3年生、4年生くらいの小学生も多く通ってきてくれています。

彼らは、ほぼ本能の赴くままに行動するし、おもしろいと思ったことには、次から次に首をつっこむし、大人が想定するレベルの集中力は基本的にはありません。

そんな彼らとの授業は、盛り上がりながら楽しく学ぶシーンが頻繁に訪れるのが常です。

その流れで、時には必要ないのに後ろ向いたり、自分のことを喋り出したり、悪ふざけすることも当然あります。

そういう時。

その行為を寛容せず、ペナルティーを与えて二度と後ろを向いたりしないように叱責するのか、それとも、そういうものだという理解を持ちながら注意喚起するのか。

規則だからといってペナルティーや恐怖で秩序を守ろうとするのは、大人のエゴでしかないと思っています。

もちろん、ダメなものはダメだということは分かってもらうことを放棄しているわけではありません。

そのプロセスを工夫しながら、子どもを萎縮させずに伝えるのが我々の仕事なのです。

わたしたちは、そこを大切にしていきたいと思うわけです。