在日朝鮮人が生まれた日 なくなる日
宇佐美典也氏の「パチンコ利権」
珍しく読書をしています。アンチパチンコに舵を切った感のある宇佐美典也氏の新著「パチンコ利権」を読みました。詳細は後日まとめるつもりですが、一部、そりゃないよという表記がありました。それは「在日北朝鮮人」という呼称。
「便宜上そう呼ぶ」と言っていますけど、便宜上でもダメだよこれ。その理由を解説してみます。
「在日」誕生の歴史
1910年8月29日・韓国併合(日韓併合・朝鮮併合)
大韓帝国が消滅し、朝鮮半島全体が日本の領土となりました。ここに、日本の一地方である「朝鮮」が誕生します。今風に考えれば、国家に匹敵する超巨大な自治体・朝鮮県と考えれば分かりやすいかしら。ここがすべての始まりです。
(太平洋戦争勃発)
1945年8月15日・敗戦
日本は朝鮮を手放す。GHQにより朝鮮半島出身者の帰国輸送が始まる。
1945年12月29日・米英ソ三国外相会議
モスクワで行われた同会議において、朝鮮の独立と信託統治(まだ自立できない国を国連の信託を受けた国が代理で統治すること)を決定。日本に残っている朝鮮出身者は日本国籍のままです。
1946年12月15日・朝鮮半島出身者の帰国輸送終了
終戦時200万人いた朝鮮半島出身者のうち150万人が帰還します。
1947年5月2日・外国人登録令公布
日本は既に朝鮮を放棄しているため、半島出身者は「日本国籍を持つ外国人」となる。しかし半島に独立国家がないため、出身地は便宜的に「朝鮮」とされました。
1948年4月3日・済州島4.3事件勃発
島民の2割以上にあたる6万人が、韓国軍や韓国警察によって虐殺されます。若い済州島民男性は日本へ密航しました。済州島出身の在日コリアンは多いのですが、彼らは出自を言いたがりません。なぜなら韓国で「済州島出身」は差別の対象だから。
1948年8月15日・大韓民国(韓国)樹立
大韓民国樹立に伴い朝鮮半島出身者は「日本国籍→韓国籍」へ変えられるようになったものの、わざわざ政情不安な韓国籍を選ぶ者は少ない。多くは日本国籍のままでいることを選びました。
1948年9月9日・朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)樹立
1950年6月25日・朝鮮戦争勃発。保導連盟事件による大量虐殺
韓国は李承晩大統領らの元、国内にいる共産主義者や政治犯らを大量虐殺。民間人114万人が犠牲になりました。共産主義的な思想を持つ人は北へ亡命したがりますが、戦争中ゆえ北へ行ったら殺されます。しかし南に残っても殺されるため。韓国にいる若い共産主義者の多くは、日本へ密航しました。
1952年4月28日・サンフランシスコ平和条約発効
日本は朝鮮の独立を承認。「朝鮮人は朝鮮半島の国家に帰属する民族」であると決まり、日本と完全に切り離されました。同時に、在日朝鮮人の日本国籍も剥奪されます。しかし独立を承認とはいえ半島は分断されており、統一政府が無く、「半島を代表する統一政府への国籍移動」ができません。
しかも彼らの出身地である韓国は在日の引き取りを拒否。在日朝鮮人は国籍もなければ住む国もない人々になってしまいました。日本政府は当座の処置として、半島出身者の全てを「日本籍の外国人」から「朝鮮籍の外国人」と変更した上で、特別な資格なしでも日本に在留できるようにします。
1953年7月27日・朝鮮戦争休戦
とはいえ、韓国は朝鮮戦争で疲弊しまくってる。日本は朝鮮特需で好景気。韓国へわざわざ帰国する人はほとんどおらず、逆に韓国から命がけで密航してくる韓国民が増える始末。日本は密航者を韓国へ送還しようとしますが、韓国政府は受け入れません。そこで日本政府は、密航してきた韓国人に対しても、本来対象ではないものの「特別永住資格」を与えました。
1965年6月22日・日韓基本条約調印
日韓法的地位協定により「在日韓国人」の法的地位が決まります。韓国籍を申請した人は「日本に住む韓国人」となりました。とはいえ彼らは元々同じ国民(大日本帝国臣民)ですし、もうずっと日本に住み続けてる。そこで、これまでの在留資格よりも優遇される「協定永住」が付与され、日本での永住が許可されました。
1991年11月1日
韓国籍の協定永住許可者と朝鮮籍の永住資格者が「特別永住許可(=特永)」として一本化された。
2000年前後
小泉訪朝による拉致追認と朝銀破綻により、朝鮮籍から韓国籍へ移す人が続出します。
半島出身者の国籍変遷まとめ
終戦時→日本籍
1947年→日本籍の外国人となる
1952年→日本籍消失。密入国者も全員ひっくるめて朝鮮籍の外国人となる(この場合の朝鮮は特定の国家を指すものではなく、大日本帝国時代の「朝鮮出身者」という意味)
1965年→韓国籍を選んだ人は在日韓国人、朝鮮籍を維持した人は在日朝鮮人と呼ばれるようになる
1991年→韓国籍にのみ付与されていた協定永住が朝鮮籍にも拡大され特定永住に一本化するも、朝鮮籍は朝鮮籍のまま
20XX年→南北統一により高麗連邦共和国成立。在日コリアンは日本国籍か高麗国籍を選択。特永も廃止され「在日の戦後」が終わる
朝鮮籍とは何なのか
「朝鮮籍」とは特定国家の国籍を指すものではなく「便宜上の呼称」です。本来の戦後処理では、半島出身者は日本国籍から統一朝鮮国家の国籍になるはずでしたが、当時の朝鮮半島は独立政体が存在しない。それどころか分断してしまったため、韓国籍を選んだ人は在日韓国人、選ばなかった人は朝鮮籍となりました。
逆にいえば、統一朝鮮があったならば国籍は全て移っていたはずなので、今後南北が統一したら「朝鮮籍」は役割を終えることになります。仮に統一朝鮮が高麗共和国という名称になった場合、在日韓国人と在日朝鮮人は日本国籍か高麗国籍かを選択することになるでしょう。
日本国籍を選択すれば日本人に。高麗国籍を選択した上で日本に住めば在日高麗人となる。後者の場合、これまでの特別永住許可は廃止され、他国出身者と同じ一般永住許可となる可能性が高い。これまで行われてこなかった、犯罪者の強制送還も行われるようになるでしょう。
日本人より愛国心溢れる在日朝鮮人がいた
日韓基本条約調印までは全て「半島南部出身の朝鮮人」でした。戦争や虐殺から逃げた人はほぼ南部の人達。北部の人達は中国へ逃げています。歩いて逃げられるのに、わざわざ密航船を用意して日本へは行かない。
さらに複雑な問題があります。
大韓民国樹立により、在日朝鮮人は「韓国籍」が選択肢となりました。日韓基本条約後に韓国籍を選んだ人は、他の在日外国人よりも優遇された「協定永住」を与えられます。
なのに、協定永住を得られる韓国籍を選ばず、朝鮮籍のまま残ることを選択した人たちがいた。
理由はなんでしょう。
Aは分かりやすいですね。保導連盟事件で虐殺されたのは、韓国内の共産主義者(北朝鮮シンパ)。日本に逃れてきた彼らにとって大韓民国は敵そのもの。韓国籍なんてとんでもないという話になった。
Bの人は戦中、「朝鮮出身の日本人」として大日本帝国と天皇陛下のために戦った人たちです。生粋の愛国者ですから、「なんで韓国人にならねばいかんのだ!」となります。自分のルーツは韓国ではなく、大日本帝国の「朝鮮」であると考えた。日本とのつながり、皇室へのつながりを絶ちたくないとする人達がいたんです。
革命を志す共産主義者と、徹底した愛国主義者という、極左と極右が共に「在日朝鮮人であり続けること」を選択したのです。
もちろん数的には前者の方が圧倒的に多かったですし、後者はもはやほとんど鬼籍に入られました。在日社会は歴史の流れに翻弄されたんですね。
在日の国籍問題は異様なほど複雑に絡み合っていると、伝わるでしょうか。
「在日北朝鮮人」と呼ぶ酷さ
宇佐美典也氏の「パチンコ利権」に戻ります。
在日誕生に関わる今回のnoteに「北朝鮮人」も「在日北朝鮮人」も登場していません。在日北朝鮮人がいるとしたら、北朝鮮の建国後に日本へやってきた人なのでしょうけど、そんな人いるのかな。聞いたことない。
繰り返しますが、日本にいる在日朝鮮人は、大日本帝国「朝鮮」出身の人達と、韓国から密航してきた共産主義者です。北朝鮮から来た人達ではない。
そもそも半島南部の人ばかりなので、在日北朝鮮人という表記は100歩譲っても間違いなのですね。
「在日」の今後
一般には「在日朝鮮人=北朝鮮人」と思っている人がほとんどです。でも事実を説明しようとすると、noteのコラムを一本作るくらい大変。私も知りませんでしたし、今回の記述が正しいかも今イチ自信ない。
さらに、朝鮮総連の問題や、北朝鮮への帰還事業などの話もあります。
そう、帰還事業な。これほんとビックリした。
北朝鮮へ帰還するのだから北朝鮮人を送ったのだと思うじゃん。違うのよ。上述の通り、日本にいた半島出身者はほとんど南部生まれ。つまり、韓国民を縁もゆかりも無い北朝鮮へ送ったようなものなんです。
ネトウヨは朝日新聞が「北は地上の楽園」と報じたなんて言うけれど、読売も産経も北朝鮮の躍進を伝えています。実際、分断初期は工業力に勝る北朝鮮有利でしたし、当時は共産主義国家こそが人類史において最も最先端だったんです。
1980年代まで続いた帰還事業で北へ向かった人は9万人を超える。
中には日本人妻もいました。
北朝鮮では、帰還者の身分は最低ランク。都合のよい労働力としてコキ使われました。出身地である韓国が在日朝鮮人の引き取りを拒否した事情はあるにせよ、経済的に困窮していた日本政府が在日を「北送した」と主張する人もいます。絡まったスパゲッティよろしく、簡単にはほどけません。
もっとも、在日朝鮮人を北朝鮮人だと思っている人に対して、総連系の人は怒濤の口論を仕掛けて場を制したりするんだよね。「え、北朝鮮人? お前は何もわかってない!」と、マウンティングのツールとして使うケースも散見されるため、もう国民的な誤解を解くのは無理だと思う。
先ほど「高麗連邦共和国」なんていうフレーズを用いましたけど、一国二制度の連邦共和国でも作らない限り、戦後から連綿と続く「在日」という形はケリが付かないでしょうね。
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