見出し画像

「Living」戦争のあとで

最近、「MINAMATA」とかで骨のあるところを見せているビル・ナイをじっくり見てみたいと思っていた。
彼はニューヨークでヴォーグの編集長で有名なアナ・ウィンターとデートしたりモテモテらしい。
そろそろ主演作見たいなって思っていたら、カズオ・イシグロ脚本で黒澤明リメイクの「生きる」に出るとのことで気になっていた。

黒澤明の「生きる」は彼の作品の中でも異色だと思う。
それは名優である志村喬に捧げられたものだと思っている。
「七人の侍」のリーダー役として有名な彼は、品格と教養がある唯一無二の俳優さんだ。
それゆえに「生きる」の老人は老年の俳優さんの憧れの役だ。何回も企画がおこったらしい。

今回、成功したのは自分と同世代で生き残って名優になったビル・ナイなら自分の気持を共有できるとカズオ・イシグロが考えたかららしい。
彼は大泉洋みたいにテレビ舞台で有名で思った以上にスターなんである。

話はそれるけど、イギリスのテレビは日本に近いらしい。パディントン2に出てた俳優であるブレンダン・グリーソンはテレビで人気だそうだ。
今年のアカデミー助演賞候補になるぐらいの役者なんである。
同じ映画のピーター・カパルディはテレビシリーズの主役だ。
まず、お茶の間の人気ものであることが大事なんである。
まあ、BBCのドラマはリピートできるのが多いしね。

話をもどそう。脚本のカズオ・イシグロは移民先のイギリスで原作の映画を見てえらく感銘を受けたらしい。
実は第二次大戦後のイギリスは戦勝国であっても、十年ほど物資の配給が続き、若年の人口が戦死し、国が衰えた。
その反動で社会が変わり、福祉政策も進んだ。日本も同じだと彼は感じたのだろうと思う。

だからこそ、この映画は原作の「生きる」と同時代のイギリスを舞台に選んだろうと思う。あの時代だからこそ起きた話だ。

映画が始まったとき、1950年代のイギリスの再現に感激した。
あの時代を描いたBBCの助産婦たちを描いた「Call the midwife」が大好きなのだ。あの時代の行政と福祉の進展を描いている。
あれを見るとレントゲン車の巡回検査に参加した近所のおばあさんの感激の言葉を思い出す。帝王切開が保険扱いになったことで赤ん坊の死亡率がぐっと下がった時代でもあったようだし。日本も同じように進んでいたのだ。

まだ、gentlemanでありたかったと思う祖父がいた時代、そして新しい世を夢見た彼らの父たちの若き日のこと。
その空気感が今度の映画に同世代のビル・ナイの演技で写し込まれていると思う。

ちょこっと出てくるインド移民の職員の姿が印象的だ。人手不足でイギリスは移民を積極的に取り込む社会になった。
彼らはイギリス人以上にイギリス的になったと思う。
そこにイギリスを肯定したいカズオ・イシグロがいたと思う。
しかし、そこには社会的な困難があった。
彼は元ケース・ワーカーだという。そんな経歴や生き様がこの映画に反映されているなって思う。
思った以上にカズオ・イシグロの個人的な思いの詰まった映画なんである。

映像が素晴らしいなって思う。50年代のイギリスの映画を再現したノスタルジーな色彩設計。そして、原作の夜のアバンギャルドな猥雑さ、ちょっとロートレック風な感じの再現。黒澤映画は言葉より映像が全てだと思うけど、その感じが出てて良いなと感じた。

父なるものを感じる、ささやかな自分の中の誇りを肯定する静かな佳作に仕上がっていると思う。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?