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信濃の春 小林一茶への旅

 一昨年行った信州黒姫への旅について思い切って書いてみようと思います。鹿児島、屋久島で生涯を終えた詩人、山尾三省の「カミを詠んだ一茶の俳句―希望としてのアニミズム」という本に興味を持って、急に雪どけごろの信濃にいってみたくなりました。小林一茶は、「おくの細道」の松尾芭蕉とかにくらべると、ぐっとおちるユーモアのある下世話なおじさんというイメージで、彼の俳句のいみがわからなかったのです。しかし、この本を読んで、そこにあるもやっとした自然との関係性がすとんと腑におちたのです。

 まず、東京駅から松本に行きました。そこから、山坂を上がって黒姫まで行きました。松本はすっかり雪がなかったのに、まだ、雪が残っています。雪の中を小林一茶記念館にむかいます。

 黒姫駅に降り立ってわかったのは、山々に囲まれたの高度のたかい平地のであることです。観光地にむかう途中なので無残に高速道路のおりぐちがありますが、独特の風景です。行ってみて、一茶が故郷に執着したのがわかりました。黒姫山と妙高の山々に囲まれた狭い平地があり、原生林が迫ってくるような場所です。そこに浄土真宗の墓地がならんだ小高い丘があります。そこに一茶の記念館がありました。なかなかに立派な建物です。

 この土地は浄土真宗の門徒を中心におもに江戸時代に開拓されたところで、非常に自然が厳しいところだったようです。記念館では、一茶の俳句を一つ一つ紹介し、その生涯、旅、そして有名な日記についての展示があります。一茶が江戸での名声をすてて、故郷で家族を持った意味と苦闘がなんとなくわかります。それを取り巻く地元の俳人の業績も展示されていて、江戸時代の信濃の文学趣味の深さに感心します。一茶は、知識階級の出身ではなく、裕福でもなく、筆一本で身を立てた初めての詩人として、文学史上で重要であることを上記の本で知りました。それが風土と歴史とに育まれたことが立体的にここに立ってみるとわかります。記念館のすぐそばに一茶と親族の墓があるようですが、雪深かったので行きませんでした。

このお堂のおくになるようです。

記念館から見える黒姫山です。たぶん、一茶が母を亡くしたとき、見た風景。山下すぐにあった、菩提寺の明専寺です。浄土真宗のお寺です。

歌碑もあります。

我ときて 遊べや 親のないすずめ

幼い時、一茶はこの境内で遊んでいたのでしょう。そのすぐそばに生家があります。続きます。

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