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一人旅二日目の日記(上):小松の那谷寺を散歩してととのう

昨日の日記とちょっと話は前後するのだけど、小松二日目の記録。朝から雪が降っていて、うっすらと積もり始めていた。この冬初めて見る雪にテンションが上がりつつも、ただでさえ慣れない運転に雪道という要素が加わる不安・・・。

朝の雪のつもり具合はこんな感じで、うっすら

しかも、ワカメはこの1年間働き過ぎてしまったので、あえて「頑張らないこと」をテーマに小松まで来ている。頑張ってはならぬ、頑張ってはならぬ、・・・と念仏のように唱えながら、一日建物の中でぬくぬくするか出かけるか迷った末、近所にある大きなお寺である那谷寺(なたでら)までは行ってみることにした。なんだか霊性の高そうな場所のような見えたので。

空港で借りたレンタカーはトヨタの一番安い小型車。前輪駆動ではあるものの最初からスタッドレスタイヤを履いているので、実はこの程度の雪ならへっちゃらであることに気がつくのは昼頃のお話。

那谷寺までの数キロの道のり、そろりそろりと時速20-30キロくらいで運転していく。

那谷寺とは、養老元年(717年)に泰澄が創建したらしい、もう1300年もの歴史がある古いお寺。白山信仰もあって、お寺の中に神社があるという作り。詳しくなくてわからないのだけど、こういう神仏が合体したお寺・神社って良くあるのかしら?神道と仏教ってそこまで仲良し?と思いながら境内をお散歩。


5分おきくらいに天気がくるくる変わり、雪が強くなる時はあられ状の雪が顔に吹きつけてきて結構辛い。スノーブーツで一歩一歩、滑らないように進む。広めの駐車場があるのだけど、ほとんど車がない。多分従業員のものと思われる小型車のみが並ぶ。でも大型の駐車スペースや大きなお土産やさんがあるあたり、きっと時期によっては大型バスで観光客が押し寄せるのでしょう。手入れは行き届いているし、いつもこんなに空いているわけじゃないのよ、と言われている気がする。

山門

拝観料千円を支払って山門をくぐる。結構高いな、と思う。境内に入ってみると、ものすごく広いし木々も建物もメンテナンスがされているしでそれくらい徴収しても足りないだろうなと気がつく。

杉と苔が美しい参道

那谷寺は苔が美しい。北陸は湿気があって苔が綺麗なところが多いみたい。雪が大粒のあられ状にあるのも上空の湿気のせいだってこのあと訪問する雪の結晶科学館で教わることになる。

大悲閣(本殿)に向かって登る階段

時々ツルッと滑ってヒヤリとしながら本殿に向かって進む。足跡は多少あるけどここでも誰ともすれ違わなかった。

お堂の横から崖の対岸へ

胎内を想起させるような暗い本殿を抜けると、崖の反対側に続く通路を進む。このお寺は水子供養をテーマとした洞窟や、胎内回帰したような感覚にさせる岩をくり抜いたようなお堂がある。死産した子供がまたそこをくぐって生まれ直すという願いが込められているらしい。あるいは私みたいに普通に生きている人も、ここで罪を払って生まれ変わることを。

古来、洞窟は「岩屋」と呼ばれ、住まいとしても使われてきました。そして、洞窟は死と葬の場でありながらも他界への入口、すなわち母の胎内とも見られ、胎内に籠り、生まれ、また戻って再生をするというはたらきを、現実的にも伝承の上でも負っていると考えられています。実際、縄文時代には住居の入口に死産児を瓶に入れて埋葬し、常にそこをまたいで通る母の胎内に再び生まれることを願いました。

岩屋を巡る「いわや胎内くぐり」を巡ることで、この世の罪を洗い流し、再び母の胎内より新しい自分に白く清く魂が生まれ変わり、出直すことを祈ることになります。黄泉から帰り、禊をして清まる。あの世からこの世に生まれるという魂の輪廻転生を感じ取れることでしょう。

那谷寺ウェブサイトより引用

順路にそって進むと一気に視界が開け、先ほど登った本殿横の奇岩群が望める。

展望台からみる奇岩遊仙境。美しい!


ワカメの日頃の罪が払えたかは正直怪しいけども、ああ、1400年前の人もこれを見て感激したんだろうなあ!という風景に出る。傘を本殿の入り口に置いてきてしまったので、容赦なく降るあられに打たれながら、そして鼻水を拭きながら、一人で盛り上がる。ああ、遠くまで来て良かった。ここは松尾芭蕉が歌を詠んだお寺でもあって、きっと彼も「この奇岩、凄くね!?やべーな」って言ったに違いないと思う。「石山の 石より 白し 秋の風」って読む前に。

ここまで巡って時刻は12時くらいになった。宿を出発した時は那谷寺だけ見て戻ってもいいと思っていたのだけど、一旦外に出てみたらスイッチが入ってしまい、結局片山津の街の方に向かうことにする。

<つづく>

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