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ルールずらしから見えてくる新しい関係性とファンタジー小説「世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。」の感想

ちょっと前に、大手広告代理店から独立したばかりのクリエイティブ・ディレクターら数名と、渋谷の中華料理で円卓を数名で囲みながらお話する機会があった。イケイケの売れっ子な30代男性なのだけど、すごく謙虚で自然体で、まるで都会の虫取り少年のようだった。2時間一緒に過ごしただけで引き込まれてしまったのは私だけではなくて、クリエイティブ・ディレクターなるものは、なんと人たらしであることよ、と噛み締めながら帰った。

彼は新しい企画を考える時のヒントとして、「なんでもルールをちょっとずらすと面白いんですよ」という話をしてくれた。言い換えると、当たり前だと思っている前提を、あえて崩してみること。

例えば、これはやったことがある人も多いと思うけど、勝ったら負けのじゃんけん。グーに勝てるのはチョキ、チョキに勝てるのはパーと言った具合に。何回かじゃんけんをしているうちに自分が勝ったのか負けたのかよくわからなくなって自ずと笑えてくる。

あるいは、年齢と職業を明かしてはいけない自己紹介、敬語禁止の飲み会、ラケットの真ん中に穴の空いたテニスなど。通常の成功・勝ちパターンが通用しない場を作ると、人はまた不細工な自然体に戻るのがいいのだと思う。予定調和ではない関係性が生まれることもある。

さて、前置きが長くなったけど、渋谷のBar Bossaのマスター、かつnoteでも人気の林さんの新刊小説が出ました。胸がキュンとなるお話がたくさん詰まった、キラキラした短編集。ワカメは普段林さんの日記を定期購読していて、毎朝出社前にそれを読んでから1日を始めるのが日課になっているので、先日お店にお邪魔して店頭で購入し、ちゃっかりサインまでいただいた。毎日読んでいる日記の中の林さんの目線は「マーケター」であり「エスノグラフィスト(考古学者)」であり、「25年も渋谷でバーをやっているマスター」であり、ちょっとおばちゃんぽい面もあって毎回とても面白い。それとは対照的にこちらは、おばちゃん度合いゼロの、かなりピュアな恋愛小説です。普段の日記とは一味ちがう林さんの世界が垣間見えて、林さんのイメージがすっかり広がってしまう。

※この小説についての私の脳内画像イメージはこんな感じ。キラキラした砂糖菓子が詰まった箱。話はズレるけどグミッツェル最高ですよね。

最近手に入りくくなっている、カンロのグミッツェル


そして林さんのファンタジーも、素敵なルールずらしでいっぱい。

例えば、「他人の人生は決められない」と言うお話では、その国では二十歳の時に、自分のこれからの人生を全て決めなくてはならなかった、など。

自分が何歳で死ぬのか。自分は何回恋をするのか。それは何歳なのか。結婚は、子供は、相手は。自分の職業は何なのか。転職はあるのか。成功はするのか。その成功はどのくらいなのか。そういった人生のありとあらゆる分かれ道を、二十歳の時に決めなければならなかった。

「他人の人生は決められない」より

もちろん現実の世界では私たちは二十歳で人生の全ては決められないのだけど、(そして四十半ばになっても迷い続けている)その設定のおかげでひき起きされる切ない愛の物語に導かれる。長年連れ添ったパートナーに別れを切り出されると普通は動揺するものだ。でも、あらかじめ設定された運命だとわかっていたら、怒りは湧いて来ず、むしろ相手への愛に満たされるという別れの描写など、とてもキレイ。そう、私たちは、不安という雑音さえ取り払えれば、本当はもっと愛とか応援の心で生きたいんだよなと思い出す。

あるいは、「料理と出会い人生を変える」では、国民全員が、一年のうち半年間は料理人になる決まりになっている。それで一年の半分は、誰かが作ってくれた料理を食べて周り、もう半分は自分が料理人になって料理を振る舞う。それは、庶民も王子様も。そんなフラットな世界でお互いが作る料理を通して恋をした二人が結ばれていく過程は、これが現実だったら確実に起きるような格差の問題(ハリー&ミーガン!)の雑音を問題にせず、純粋な恋愛感情に集中できてしまう。

物語の仕掛けとしては、ヒエラルキーをなくしてフラット化させるというルールずらしだと思う(飲み会で敬語禁止にするのと同じ)。でも、固定観念(格差のある者は結ばれない)から生まれる雑音を意図的に消して、それが束の間の夢であってもその人本来の願いを取り戻して行動をとれると幸せになれるは真実だ。同時にそれは勇気のいることで、必ずしもみんなから「いいね!」がもらえるとは限らない。だから、そんなルールずらしとファンタジーの世界をきちんと生きられる人は幸せ上手、あるいは幸福エリートだなと思う。

ということで、純粋な胸キュンを味わいたい人に、ぜひおすすめの一冊です。しかも出来ればKindleじゃなくてモノとしての本を買うのがいいと思う。背表紙をめくるとレモネード色だったりして、本棚にあっても可愛いのです。そして今なら本を買うと、Bar bossa で林さんが一杯ご馳走してくださるようですよ!(私もいただきました、ごちそうさまです!)

装丁もオシャレ
レモネード色の中表紙

#せかひと


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