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スワロー亭のこと(6)フロア拡張

古くなり開かなくなっていた入口ドアの鍵を付け替えれば、店はオープンできる。プロからの力強い助言を得て、がぜんやる気が高まった。

ひとつ、迷っていたのは、12畳の広さのままスタートするか、それともすこし拡張してから始めるか、ということだった。

店舗フロアと壁を1枚へだてて6畳の部屋があった。引っ越してきてからほとんど使うことなく、空室状態で放置していた。使う当てがないなら、いっそ壁を破って店舗の一部として活用したほうがいいのではないか。そういう話をしながら、たまに泊まりの来客を迎えた折には、その部屋に寝泊まりしてもらっていた。

2015年7月28日。町のイベントを一緒にやっている若い仲間たちに頼んで、かなり重量のある書棚の運搬を手伝ってもらった。

荷物運びが終わって、一息ついて雑談をしていたとき、「壁を破って隣の6畳間を店舗にしようかと思っている」という話をした。

すると仲間の一人が「それなら、この壁、壊しちゃっていいんですね!」というが早いか、手近にあった金づちかバールか、とにかくある程度の重みがある大工道具をサッと握って「あっ」という間もなく、壁のど真ん中に一撃を喰らわせた。

スローモーションに見えた。

奥田、中島、口が半開き。

彼によって開かれた壁穴は、みごとに隣室まで貫通していた。廊下から隣室へ入ってみると、カーテンを引きっぱなしの薄暗いその6畳間に、空いたばかりの穴から光が漏れていた。光の筋のなかに、ついさっき破られた壁から飛び散った微細な破片がキラキラと舞っていた。しばし見惚れた。なんだか神々しくさえある。その景色は芸術作品のようだった。そうなのだ。道具をつかんで壁を破った彼は、若きアーティストなのである。さすがというほかなかった。

結果として、彼のあけたその穴が次段階への突破口となった。迷いが吹っ切れて、フロアの拡張工事を決めたのだ。だってもう、壁に穴があいているから、進むしかない……。

開店までのプロセスの随所随所で、天からの使いのようにいろいろな人たちが現れ、逡巡する燕游舎2名の背中を押してくれる。じつに不思議だが、いずれもそのタイミングが絶妙だった。

ど真ん中にドスンとあいた穴を手がかりに、壁を自分たちでできるところまで取り崩した。そのうえで、この住宅へ入居する際にお世話になり、さらにその夏、奥田の母親用の別宅建設をお願いしていた大工さんに、補強工事と簡単な仕上げをしていただくことになった。

こうして店舗スペースは12畳から18畳へと広がった。

もとからの店舗部分の壁には、ホームセンターで買ってきたペンキを塗った。色選びについては、いくつかのアイディアがあったが、当初奥田から「何色がいいと思う?」ときかれた中島が「緑!」と答えた、その色に落ち着いた。もと6畳間だった部分には、通販で取り寄せた壁紙を貼った。こちらは奥田が藍色を選んだ。海の底を思わせる、深い、いい色だった。ペンキ塗りと壁紙貼りは、奥田と中島の二人でなんとかできた。

書棚は、町内の知人が、古くなり用済みとなったものを何本か譲ってくださった。古いぶんだけしっかりした質のよい木材が使われている書棚だった。年月を背負い、どっしりと重い書棚は、古本屋には似つかわしく思われた。

大工さんに補強工事をお願いした以外は、ほとんど費用というような費用はかからずに店ができていった。かけたくても、かけられる元手はなかったのだが、その成り立ちも、新築・新品に囲まれたスタートよりも、なんだかいいような気がした。

そういえば当時から奥田がいっていた。「もともとそこにあったかのような、妙になじみのいい古本屋でありたい」と。

(燕游舎・中島)


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