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スワロー亭のこと(16)本屋? 服屋? CD屋?

たてまえとして古本屋を名乗っているスワロー亭だが、オープン時点ですでに新刊本と洋服を販売することは決まっていた。

なにかの店をやろうと考えたとき、初めは一般書店をやりたいと思っていたくらいだから、扱えるものなら新刊本は扱いたい。小規模書店は取次店との契約が難関となって仕入れがままならないが、なかには規模の大小にかかわらず直接取引に応じてくれる出版社もある。古本屋をやりながらでも、仕入れられる新刊本は仕入れて販売すればよい。

一方、自分たちで洋服屋をやろうとは思っていなかったし、できるとも思えない。実情を知っているわけではないが、察するに洋服屋さんにはいわゆる体力が求められる。それはスワロー亭にいちばん欠けているものかもしれない。ある程度の体力があって、仕入れ面で自由がきき、回転させる力があってこそ洋服屋さんは成り立つものと思う。

それでもスワロー亭で洋服を扱っているのは、快晴堂という中島が個人的に好きな洋服メーカーの商品を自店で売らせてもらえたらさぞや楽しいだろうという妄想が暴走し、そういう当方からの申し出を快晴堂の社長が「おもしろいね」と二つ返事で承諾してくださった結果だった。

行動的とはいえない中島が動いた。よほどなにか感じるものがあったのだろう。自分のことだが当時の心情は自分でもよくわからない。よくあれほど積極的になれたものだと感心してしまう。おかげで大好きな快晴堂の品々を毎日好きなだけ眺めたりさすったりできるのだから幸せだ(毎日さすっているわけではない)。

快晴堂は大量生産・大量流通をおこなうタイプのメーカーさんではない。現に自分も、実店舗に出かけて快晴堂の商品に出会った経験はほとんどない。快晴堂の洋服を知れば気に入るであろう人たちが、知る機会を得られずにいることはおおいに考えられる。そういう人たちが快晴堂の洋服をじかに見て、ふれて、すこしでもそのよさを感じてくれたらと思う(そのためにはスワロー亭がもっといろいろな人の集まる場所になることも必要だろう)。こんな小規模の、しかも古本屋が、快晴堂を仕入れつづけるのはけっして楽なことではない。それでも続けられるうちは続けていきたい。

店で扱うアイテムは、その後もジワジワと増えていった。古本屋をやるためには、古物商許可が欠かせないが、そのほかは飲食物を除きとりたてて許認可手続きをふまなくても、店に置きたければ置くことができる。自分たちで始めた店なので、なにを扱うかは自分たちで決められる。扱いはじめても「なにか違う」と思ったらやめても問題はない。どこまでも気楽だ。

古本以外で扱いの多いアイテムの筆頭は、やはり音楽CD。奥田が長年音楽活動をやっており、もともと音楽方面の友人知人とつながりが多いことに起因している。加えて現在に至るまで、奥田は機会があるごとに新しいネットワークも積極的に構築してきている。ネットワークづくりを意図しているわけではないと思う。ただただ音楽が好きで、自然とそうなっていくのだろう。

そうしたご縁のなかで、こちらから「CD作品を扱わせてほしい」と申し出ることもあるし、相手から「おいてもらえないか」と声をかけていただくこともあり、点数は時とともに増えてきた。上の画像にあるソボブキ(素朴でブキッチョな東京人の音楽)やズビズバー、平松良太さん、五十嵐あさかさんの作品も、共通の友人知人を介して知り合ったり、イベントでご一緒させていただいたりした縁からスワロー亭で販売するようになったもの。

ちいさい店なので一度にたくさん仕入れることはできないが、それでもなかには当初仕入れた在庫が売り切れとなり、2回3回と追加注文させていただいたCDもある。

スワロー亭で販売しているCDはすべて個人的にも所有し、それを店で試聴用に使っている。インディペンデントな活動をしておられるミュージシャンの方々の作品が多いので、そのすばらしさにもかかわらず、なかなか津々浦々まで情報が届かない面もあるかと思う。まずは一人でも多くの人に知ってもらうことも、店が果たしうる役割だ。試聴した結果気に入ってもらえたら、CDを買ってもらえるのがありがたいが、試聴してもらえるだけでも店の人間としてはすでにうれしい。

思えば古本についても、出会いのきっかけをつくりたいという気持ちは強い。商店だから商品を売って回転させていくことはいうまでもなく必要だが、見てもらい知ってもらうだけで満たされてしまう部分は間違いなくある。その出会いが購買につながればいうことなしだが、買わずに帰るお客様の背中を見送りながら胸中でちいさく舌打ちするというようなことは、甘いしぬるいのだろうが、ない。

同じ店で古本と新刊本の両方を扱っていることについては、お客様が戸惑うようなことにならなければいいが……という気持ちもあった。しかし価格表示さえ誤解のないようにしてあればさほど障害にはならないことを、訪れるお客様が教えてくださった。

スワロー亭を運営する個人事務所の名前である「燕游舎(えんゆうしゃ)」には「人が愉しく集える場や機会をつくりたい」という願いをこめてある。これはおもに、おもしろい人と楽しいことをやるのが好きな奥田の発想だった。また中島は、これまで本をつくる仕事をつうじて「価値があると思えるものを、それを意識的・無意識的に待っている人に、よりよく伝えるしくみをつくる」ことのよろこびを感じてきた。その「伝えるよろこび」という部分を、気づけば店の運営にもそのままもちこんでいたような気がする。誤解をおそれずにいうなら、扱う商品がなんであるかは、あまり問題ではないのかもしれない。

(燕游舎・中島)

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