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スワロー亭のこと(3)初の古本仕入れ

「本屋をやろうか。小さくてもいいから。」

という話が燕游舎内でもちあがったのは、現在地への転居前だったのか後だったのか? 記憶ははっきりしないが、せっかく住居内に最初からある店舗スペースを活用しない手はない、というムードは早い段階からあった。

関東方面から移り住んだ2012年1月の時点で、小布施という町には本屋がなかった。小布施駅前にもとあった県内チェーンの支店が何年も前に撤退して以降、誰もこの町で本屋をやろうとしなかった。「活字離れ」はずいぶん長いあいだいわれてきたことだが、自分たちの住む町に本屋が1軒もないという事実が、そのことをよりリアルに実感させた。

近所に本屋がないのは、いかにも寂しい。ならば、自分たちで本屋をやればいい。燕游舎そのものが本をつくる仕事にかかわりつづけていることもあり、やはり身近に本の気配を感じていたかった。ネット書店ももちろん利用するが、リアル書店という場が好きなのだ。

ただ、地方の小規模書店には仕入れの壁がある。書店が本を各出版社から直接仕入れるケースは、2020年の現在わずかずつながら増えてきているように感じるが、それでも主流はあいかわらず大手取次店経由の仕入れだろう。しかし大量に仕入れる体力がない小規模書店は、そもそも大手取次店との取引契約さえ難しい。とくに売れ筋の新刊書などは、販売力のある都市部の大規模書店から順に配本されていくので、地方の小規模書店には発売日に納品さえされない例もあると聞く。

本屋経営のイロハも知らない自分たちが、吹けば飛ぶような12畳サイズの本屋を始めたところで、新刊書を仕入れることなどできるのだろうか?

無理なくできるとすれば、古本屋ではないか。古本屋だからといって新刊を販売してはならないというルールはない。取次店を経由せず直接取引ができる出版社もなかにはあるので、古本屋をやりながら、すこしずつ新刊書の仕入れルートも開拓していけばいい。

そんなふうに考えていたところへ、朗報が舞い込んだ。

長野県上田市に、古書流通の超大手「バリューブックス」がある。小布施からは高速利用で片道小一時間あればゆったり行き来ができる距離。同社の社長と、町内の知人とのあいだに交流があり、希望があれば紹介してくださるという。そのうえ同社は委託販売にも対応していただけるとのこと。資本力のない自分たちには願ってもない条件だ。

渡りに船とはこのこと。早速同社の社長や担当の方と面談の場をいただき、取引開始の話がまとまった。追い風が吹いている。

窓口になってくださるのは、20代前半の若さながら本のことに「紙一重」レベルでくわしい好青年Iさん。仕入れたい本のジャンルや著者名などをリストアップして伝えると、Iさんが希望を考慮のうえ、その周辺の本をプラスオンして送ってくださるという。

話はトントン拍子に進んだ。

面談後、本のリクエストを送ると、Iさんセレクトの古本を詰め合わせた段ボール箱がいくつか届いた。2015年6月4日のこと。

開封時、それらは宝箱に見えた。ピカピカ、キラキラしていた。燕游舎のツボをとらえたIさんの選本に感激するばかりだった。

その一方で、進まない話もあった。

肝心の店舗が整っていないのだった。

転居先住宅の店舗スペースは、もとクリーニング屋だった。その場所に、クリーニング屋時代のカウンターテーブルや看板、価格表、クリーニング済みの衣類を収納するラック、照明器具などなどが詰め込まれていた。おそらくクリーニング屋を閉じた後は物置的な場所となっていたらしく、自宅の不用品なども投げ込まれていたようす。山積みの不用品を見ているだけで意識が遠のく気がした。

それでも毎日すこしずつ、不用品を分別し、可燃ごみ、不燃ごみ、埋め立てごみ、と処理していくと、コンクリートの土間が現れた。

さて。

ここから先、なにをどうしたら「空室」が「店舗」になるのか?

工務店に依頼すれば、改装はたやすいだろう。しかし燕游舎は使えそうな金銭をかき集めてこの中古物件を一括払いで購入したばかり。もう先立つものが底を突いていた。

プロの力を借りるべきか、セルフでできる範囲にとどめるべきか。

12畳の四角い空間を前に、話し合ってはまとまらず、また話し合っては振り出しに戻った。

そんな矢先、はかったかのようなタイミングで、新たに二人の背を押す人物が現れた。スワロー亭はこの人物の魔法にヤラレて誕生した。そういっても過言ではないほどのインパクトを伴う出会いだった。つづく。

(燕游舎・中島)


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