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建築学科のはなし

地獄の話をする。違う、建築学科の話です。
建築学科はそれはもうすごい学科だった。入学したてでまだ目がイキイキしていた頃。「キャンパスライフの始まりだ〜!オレンジデイズみたいに友達いっぱい作ってキャッキャウフフするぞ〜!!!!」と期待に胸を踊らせニコニコしていた私たちに、先生は初めての建築課題を告げた。

「人を100人描いてきてください」

「人を100人描いてきてください」

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ポカンと口を開ける学生たちを置いて課題は静かにスタートした。正方形の紙にとにかく100人、人を描いてくる課題だった。1人描いては紙を変え、1人描いては紙を変え、と徐々に厚みを増す紙の束。好きなアーティストを模写したり、駅の片隅に座って行き交う人々の姿をスケッチするなどして、1週間弱かけてようやく人100人描き切った。友人は100人とか余裕だな〜と棒人間を集合させたゴミのようなものを描き、先生にシメられていた。無事に提出を終わらせ、講評。続けざまに次の課題の説明が始まる。なかなかキツい課題だったけど、まあ登竜門みたいなもの。次からは全然ラクラクチンチンなキャンパスライフが始まるに違いない…

「木を100本描いてきてください」

ここから6年にわたる建築学科の戦いが始まった。


図面の基礎を学ぶ製図授業、設計の創造性を体得する設計演習、構造の授業、建築材料、建築史、建築思想、そのほかにも一般教養として語学の授業、理工の授業などなど、"華の女子大学生"としてのゆるふわキャンパスライフからは悲しいほどかけ離れた、課題まみれの日々が建築学科の日常であった。

大学三年生にもなると課題量は桁外れになり、模型制作や設計作業のため用意された製図スタジオに寝泊りするようになった。最低限整えてみましたと言わんばかりのシンプルな机と椅子が用意されただけのだだっ広い空間。生徒同士で話し合いをしてここまでが自分のエリアと陣地を決め、自前のパソコンや本など持ち込んで課題をしながら篭城する。みんな大抵寝袋を持ってきて、夜になると自分の机の下にゴロゴロ転がり始める。私も最初はそのスタイルだったがもとより寝つきが悪いタイプだったため、睡眠環境改善にエアマットを購入してみた。そのエアマットは大変心地よく「塩谷のエアマットはどうやらすごいらしい」といつの間にか噂が広まり、頻繁に友人が借りるようになった。

「塩谷は今日何時に寝る?それまでエアマット借りていい?」
「いいよ〜3時には寝たいからそれまで使ってて」

友人はそのままエアマットに大の字になって寝始めた。心地良さそうな寝顔をみて、良いことをしたなとほっこりしたのも束の間、馬鹿でかいいびきが聞こえ始める。おう、殺してやろうかと思いつつ、大人なのでイヤホンをして静かに作業を始めた。午前3時。そろそろ眠気も出てきたのでバトンタッチしよう。友人は爆睡を続けている。

「エアマット使いたいから起きて〜」

微動だにしない。揺らしてみる。いびきがデカくなるだけだ。なんで自分のベッドなのに寝てるコイツを起こさないといけないんだこのハゲ!(はげていない)といよいよムカついてきたのでエアマットの横を蹴飛ばしてみる。

「グガッ………あ、おはよ〜〜〜…」

友人は二度寝した。私は恨み節を唱えたのち、ふかふかな椅子を探してそれを並べて寝た。エアマットはその後も友人に使い倒され続け、二度と貴重品は友人に貸さないと固く誓った。

製図スタジオに泊まり続けていくうち、人の精神も段々とおかしくなっていく。神経質な友人は、スタジオのけたたましさに精神をやられ、雨のなかベランダにデスクを持ち出し白熱灯を灯し、傘をさしながら作業をした結果白熱灯が爆発して悲しい顔で戻ってきた。明け方になると眠気で作業効率が下がるので毎朝6時にラジオ体操を行うようにしたところ、元気いっぱいに眠るようになった。さらに、連泊を続けていた先輩は「寒い日は生協の自販機の近くがあったかくてよく眠れる」といらないライフハックを教えてくれた。

また、何日も泊まるようになると困ってくるのが服の替え。当然大学に洗濯機があるはずもないので、数日分の替えの服をどっさり持っていくの通例だった。男子はパンツを裏表履けるので1週間3つぐらいでいける!と言っていて「愚か」と思った。課題の進捗でどうしても連泊せざるを得ず、替の服もないので仕方なしに大学近くのユニクロへ向かうことにした。ユニクロにいくよ〜と宣言すると何人も女子が手をあげる。修羅場という現実から逃避するタイミングを彼女らはいつも狙っている。

「あ、ユニクロいくならついでにお願いしていい?」

学科一のイケメン君にお願いされた。コンビニで買い出しかな?それともTシャツでも必要なのかな。彼に似合う洋服なんて私ごときが選べるかしら

「パンツ買ってきてくれない?」

男子にパンツの買い出しを頼まれたのは後にも先にもこれ一回きりだった。改めて建築学科って地獄だなって思った瞬間だった。


そのほかにも、徹夜しすぎて銭湯でシャワーを受けながら爆睡する友人、修羅場すぎて寝ながら絵を描く技術を会得したこと、I先生が怖すぎて「I先生くるよ」と友人に囁くと100%起きる話など、建築学科の日々は本当に様々なことがあった。今、その日々に戻れと言われたら絶対にいやだと全力で喚くが、それでもあの日々はある意味では青春のひとときだったなと感じている。他にも地獄のようなエピソードは山ほどあるので、またどこかで。

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