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PERFECT DAYSを観た(ネタバレしてます)

 役所広司さんがトイレ掃除をする映画、ときいて面白そうだと思った。監督のヴィム・ヴェンダースさんのこともよく知らなかったのだが、外国人が日本人の俳優と日本で撮った映画とは?と興味を引かれて観てみた。

淡々とした日常

役所氏演じる平山は、東京の変わった形の公園トイレ(the tokyo toilet という渋谷区のプロジェクトで作られたそうだ)を掃除する仕事をしている。全編に渡って、彼が朝起きて仕事に向かい掃除をして休憩して掃除して帰ってきて……、という日常が淡々と描写されており、そのいわばルーティンの中に出来事が差し挟まれている。
  開始から何分間かは音楽と平山の生活のみが映されていて彼は一言も発しない。彼は無口でその後もあまり話さない。でも彼の考えていることは観客にはよく分かる。目の動きや表情だけで全てを伝えている、役所氏の演技はすごいなと感心した。
 迷子になりトイレで泣いていた幼児を慰めて手を引いて歩いていたのに、お礼も言われず母親に幼児の手をウエットティッシュで拭われてしまう。そんな時も彼は怒らず、幼児に手を振る。ちゃらんぽらんな同僚に金を貸してくれ、と強引に頼まれ断り切れず貸してしまう。帰りのガソリン代が無くなってしまったというのに。
 彼の眼差しはいつも優しく、本来なら嫌な顔をすべきところでは木々を眺めることでやりすごしている。昼休みに神社で昼食を食べながら木漏れ日を眺めて写真に収める。スマホ(持っていないが、携帯はある)でもデジカメでもなくフィルムカメラである。この一瞬を切り取るのは、撮り直しのきくものであってはならないのかもしれない。新しい物を便利とは思わないのかもしれない。

心を揺らす出来事

姪のニコ

 姪のニコが久しぶりにやってくる。彼にも家族があったんだ、と観客の誰もが思っただろう。平山は近頃多い年だけ取った子供大人ではない。姪に振り回されながらも、大人としての彼女への慈しみが感じられる。思春期を迎えて母と対立し始めた彼女は、伯父が自分の生き方を貫いている姿に惹かれて慕っているようだ。

影踏み

 平山が休日に行きつけにしているバーのママが男性と抱き合っているのを目撃。あたふたとしてしまう、平山。男性はママの元夫だった。がんで余命幾ばくもない彼は、ママに謝りに来たという。たぶん男の浮気が原因で別れたようだ。この世界の何も分らないまま死んでしまう、と寂しげに言う男を平山はいつに無く饒舌になって励まそうとする。二人の影が重なっているのに影が濃くないなんておかしい、絶対に濃いはずだと言って。そして何故かおじさん二人で影踏み遊びをするのだ。このシーンで「光と影」がこの映画のテーマになっているなと感じた。

妹との別れ

 家出してきたニコをいつまでも自分の元で過ごさせる訳にはいかない。平山はニコの母親である妹に連絡して、迎えに来て貰う。運転手付きの高級車で迎えに来る妹。彼女との会話に、平山と父との確執が垣間見られる。「お父さんに会ったら」という妹に首を振って答える平山。「好きだったでしょ」と土産の菓子を持ってきてくれた妹に、涙ぐみハグして別れる。過去に彼らの間で何があったかは分らないが、修復不可能な亀裂が生じてしまっているのが感じられる。涙のハグは、もう決して交わることない互いの人生への別れなのだ。現在のニコと母との確執が過去の平山と父との関係性を連想させる。こうして人生は繰り返されていくものなのかもしれないと考えさせられた。

されど日々は続く

 ラストシーンは映画公開前から話題になっていたが、平山が車を運転しているシーン。3分間くらいずっと顔がアップになり続けていて、映画だと分っているのに観客である筆者の方が、どこを見てたらいいんだろうか、と思ってしまった。カーステレオからFEELING GOODの曲が流れる中、一言の台詞もない。平山が涙を浮かべつつも希望に満ちた表情をしている(と筆者には受け取れた)ところで終わった。「新しい人生を生きるって、なんて素敵なことなんだ!」と歌っているその曲が彼の生き方を象徴しているのだと思う。

 エンディングで日本語の「木漏れ日」の意味が英語字幕で紹介されていた。木々から落ちる光であり、葉の影と光とが織りなす情景はこの世で一つとして同じ物はない、というような説明がされている。平山は木漏れ日を通して二度と来ない今を見つめているのかもしれない。

気になったこと

1 くるみっこ
 平山が妹から貰った土産は鎌倉の「くるみっこ」というお菓子だと思う。筆者も好物でこの正月に買ってきたので、あっ! と気付いて嬉しくなった。ということは平山は鎌倉に住んでいた。おそらくは生まれ育ったのではないかと思う。あそこは古い豪邸が建ち並んでいるからな、などと平山の過去に思いを馳せてみた。
2 自転車のシーン
 ニコと平山が橋を自転車をこいで渡るシーンがある。監督が小津映画の熱烈なファンだと知って、映画へのリスペクトシーンなのだなと思った。「晩春」の原節子さんと彼氏のサイクリングの場面のではないだろうか。
3 こんどはこんど、いまはいま
 その同じシーンで、二人は自転車をこぎつつ「こんどはこんど、いまはいま」と何度も言う。今度と今というのは変な対峙だなと感じたのだが、その後の平山の妹との場面を観て「昔は昔、今は今」ではなかったのだなと思った。昔のことは決して忘れることは出来ない。しかし、今は今なのだ。今こそがここにある。そしてこれから起きることは考えても仕方が無い。平山の生き方を象徴する重要な言葉のように感じた。
4 タカシとでらちゃん
 タカシは、平山に迷惑を掛けて仕事を急に辞めてしまう若くていい加減そうな同僚だが、でらちゃんという障がいのある幼なじみを可愛がっている。意外なやさしさに、驚かされた。そして、でらちゃんとタカシのシーンを観ていて、映画全体を通じて悪人はおらずみな優しい表情をしていることに気付かされた。
5 挿入されていたPERFECT DAYの曲
 洋楽の知識がほとんど無い筆者がこの曲の歌詞を調べてみたところ、最後にYou're going to reap just what you sow と歌われていた。意味は「自分の蒔いた種は自分で刈り取ることになる」。これが自分の人生なんだ、自分のやって来たことや今の生活、すべては自分の責任であり生きた軌跡なのだ、ということなのだろうか。ちょっと良いことがあった日、何かを噛みしめるかのように思いを巡らし、それでも世界は美しいと思ったのだろうか。

感想

 とても感動しました。周りの人にも勧めたいし、自分も何度も観たい映画です。新作なのに古い名作映画のような味わい。これから何年たっても世代を超えて感動出来る作品だと思います。
 先に述べたように筆者には洋楽の知識がまるでないので、作品中に流れている曲についてはあまり記述出来ませんでした。(ちなみに英語も不得意)YouTubeで調べて聴いてみては未だに感動を新たにしているところです。音楽とのコラボも見事なのだと思います。
 感動が大きすぎてまとまらず、自分の文章力では全く手には余るなと思いながらも感想を書かずにはいられませんでした。読んで下さった方、ありがとうございます。少しでも共感して貰えたら嬉しいです。

(追)いろいろ間違ってたので、改定更新しました。すみません。
   恥ずかしい(-_-;)です。



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