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縁側の猫を生垣から見つめる幼き少年の事情【 超短編小説 】

「 摂さんの猫と水中メガネ 」
 
飯田家の庭でランドセルが五つほどうごめいている。その縁側に初老の飯田摂と飼い猫のタマがいて、子供達が代わる代わるタマを撫でている。糸のように細められたタマの目が愛くるしく、子供たちは「 かわいい 」を連発している。
 
その様子を生垣の向こうから見ている少年がいる。ネコが大きくプリントされたTシャツを着た中川勇希、8歳である。背丈が足りず生垣から顔半分をだし、ときおりつま先立ちをして覗いている。摂が手招きしたが勇希は首を横にふった。
 
空には入道雲。勇希は背中のランドセルと手からさげたプールバッグを揺らして走り去った。
 
誰かが言った「 あの子、猫がきらいなんだよ 」
 
翌日、摂が一人で縁側に座ってタマを撫でていると。また勇希が覗いてきた。

「 よかったら触ってみる? 」摂が声をかけるが勇希は首を縦にはふらなかった。「 毎日来てるよね? 猫は好き? 」摂がきくと、勇希は少し考えて言った。「 嫌いです 」そして、夏空の下を駆けていった。
 
また翌日、勇希がくると、摂の娘が子供たちに向かって「 摂おばあちゃん、風邪こじらせちゃったのよ 」と言っていた。それを聞いた子供たちは庭で丸くなっているタマに手を振って去って行った。
 
そのまた翌日も、さらにその翌日も、縁側に摂の姿はなくタマだけが庭にいた。こころなしかタマも退屈そうに見えた。勇希は辺りを見回し、誰もいないことを確認すると、その場にしゃがみランドセルからなにかを取り出した。
 
そして、こっそり庭に入りタマを捕まえた。タマの鳴き声に気づいた摂の娘が窓から顔を出し「 いじめないで! 」と勇希に強い口調で言った。勇希は走って逃げた。
 
タマの前足には紙が巻き付いて結んであった。出てきた摂の娘が「 まったく、こんな悪戯して……  」とつぶやきながら紙をほどいた。
 
勇希が家に帰ると、「 お兄ちゃん遊んで! 」と言いながら、勇希と色違いのネコがプリントされたTシャツを着た元希が飛びついてきた。
 
勇希は慌てて元希を突き飛ばした。元希が泣き出すと母親が来た。元希はクシャミを何度もして、目がかゆいと言ってかき始めた。
 
「 猫に触ったでしょ! 元希はアレルギーなんだから駄目って言ったでしょ! 」母親は勇希をきつく叱った。
 
その頃、摂は布団の中で半身を起こして娘のもってきたおかゆを食べていた。脇には子供の字で何かが書かれた折り目が沢山ついたノートの切れ端が置いてあった。
 
翌日、勇希が摂の家の庭を覗くとタマを膝にのせた摂がいた。摂は勇希を見つけると「 早くよくなって下さい 」と書かれた折り目だらけの紙をヒラヒラさせて言った。「 ありがとう元気になったよ 」すると元希の声がした「 僕のこと呼んだの? 」
 
生垣から顔半分だしている勇希の横には元希がいるのだが、背丈が足りず摂からは見えない。
 
摂が首をかしげると、勇希が元希を抱き上げて言った。「 弟の元希です 」
 
「 あらあら、それにしてもすごい恰好ね 」摂は目を細め大袈裟に言った。その顔はタマに負けないくらいの笑顔だった。
 
元希は水中眼鏡にマスク着用といういでたちだ。「 弟、猫アレルギーなんです 」何度もずり落ちる元希を必死に抱き上げて勇希が言った。
 
翌日、勇希が元希を連れて摂の家に行くと、生垣の前に踏み台が二つ並んで置いてあった。勇希と元希は踏み台に載って庭を覗いた。
 
そこには糸のように目を細めて笑う摂とタマがいた。

エージロー

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