見出し画像

東海テレビ「大名古屋狂詩曲」~総理を狙う男と、民主主義を見て。

孤軍奮闘を続ける東海テレビ

 日本のテレビ業界において、ドキュメンタリー後進国とも言えるほど、その放送枠がほとんど、存在しえない現状。かつては「追跡」や「スーパーテレビ情報最前線」などゴールデンタイムでドキュメントを流したのはもはやいつの時代か。

 そんな中、孤軍奮闘を続ける東海テレビのドキュメント班の活躍ぶりはずっと気に掛けていた。戸塚ヨットスクールを追いかけた「平成!ジレンマ」など何度も見返したほどである。先日も伏原健之監督の「人生フルーツ」を見たばかりだった。

 今回、伏原監督から直接、DVDが送っていただき、東京にいる身でありながら作品を見せていただく機会を得た。この場を借りて御礼申し上げます。

 でも、忖度なしに(笑)に感想を書かせていただく。
 実は記事を書くにあたり、2回見直した。一度目はフラットに、2度目は全体を知った上で見た。

 これはこれで印象が変わるから不思議だ。
 実は一度目は「河村たかし市長」を主役とした、、、「市民の減税」「議員の減収」を掲げたヒーローが苦しんでいるドキュメントに見えていた。というのも対立候補に対し「敵」という表現がやけに引っ掛かったからでもある。本来、中立であるべき、放送局にしては踏み込んだ表現ではないのか?一度目はそう思っていた。

 しかし、2回目になると、そうではないなと感じた。ここに伏原監督のドキュメンタリストとしての演出、遊び心を感じた。もっと具体的に言えば、ナレーターを務める山田昌さん(なんと91歳!!)が家康公の言葉を借りながら、ドキュメントの進行スタイルを取り入れている。つまりは「天下人たるもの」とは?という視点からのあえて「敵」という表現を使っているのだと気付いた。

 そう、考えると冒頭の
 「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。」を持ってくる意味がよく分かる。これは私も後から調べ直したが家康公の遺訓であった。家康公を持ってくるあたりが東海テレビではあるが、人生訓に満ちたドキュメントであった。

 ドキュメントの見どころとしては、やはり河村市長の庶民派ぶりであり、そのキャラクター作りが個人的には楽しい!と言ったら語弊があるが、基本的には庶民派であり、より個性を伸ばした結果、今があるという感じだ。使い古された選挙用の自転車、庶民的な自宅、身長を測って傷ついた家の柱、奥様の割烹着姿、etc.。その実生活に裏打ちされた市民の減税、議員報酬の削減という快哉の施策。

 一方で12年間、河村市長を追い続けた男性が証言する「ビートたけしのテレビタックル」からの人気沸騰ぶり。それは「テレビの力」「動画の力」を熟知する河村さんの姿を浮き彫りにする。次第に、「そんなやついるかよ?」と言いたくなる不思議な名古屋弁。パフォーマーとしての才能を感じさせながら、堅実的な生活ぶりが交錯する。

 また、愛知県知事のリコール問題で偽造をした田中事務局長への密着など、多方面からのアプローチには驚いた。時には街頭演説における河村市長への追及シーンなど、「驕るものは久しからず」というべきと感じる部分も多々あった。

 制作側の視点に立てば、その多方面にも及んだ取材に頭が下がる一方だが、一視聴者の立場としてやはり、面白かったのはあれだけ、堅実な人が「名誉欲」だけは捨てきれないのか?という思いである。

 私も以前、名古屋に住んでいたので分かるが、一時期の河村さんの政治活動は「市民減税」「議員報酬削減」と反対しようがないほどの素晴らしい施策だっただろう。しかし、時の流れでやがては手を抜くということか?偽造に対しては「監督責任はない」という。内情は分からないが、残念な発言ではあった。

家康公の遺訓を柱にした今回のドキュメント。
改めて調べてみると、、、

「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし。                    心に望みおこらば困窮したるときを思い出すべし。
堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え。
勝つことばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。
おのれを責めて人をせむるな。及ばざるは過ぎたるより勝れり」

 今のコロナ禍で非常に心打つ言葉である。ドキュメントを通じて、いい時間、いい言葉に出会えたと思う。また、次も見たくなるなあ。

執筆者:島津秀泰(放送作家)
Twitter:@shimazujaoriya
Instagram:hideyasushimazu
是非、フォローをお願いします。

宜しければサポートをお願いします。あなたの応援を、私のエンジンにさせてください。