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『アート』と『デザイン』と『えんとつ町のプペル』 byキンコン西野

このnoteは2019年11月4日のvoicyの内容を文字起こししたものです。
提供:フレアバーテンダーのひろきさん

おはようございます。キングコングの西野亮廣です。

お笑い芸人をしたり、絵本作家をしたり、
国内最大のオンラインサロン『西野亮廣エンタメ研究所』の運営をしたりしております。

男前になりたい肛門芸人

まあゴッドタンのせいでですね、
すっかり肛門芸人として名を馳せてしまったのですが、
引き続き、『よしもと男前ランキング』の1位を狙っております。

いま、中間発表で5位みたいな感じになってるんですけれども、
この5位というのは非常に恥ずかしい位置におりますから。

前も言いましたが、そんなことだったら参加しなければね、
男前ランキングに興味がないんだっていう風なスタンスをとっていれば、
5位にも入ってなくて、どこにも名前が入っていなくて、
「参加してない」っていうふうに逃れたのに。

「もう参加してまーす!」っていう感じに映ってしまっている上に、
圧倒的に負けているっていうのがすごく恥ずかしいので、
肛門芸人ではありますが、引き続き応援のほどよろしくお願いします。

『アート』と『デザイン』の違い

というわけで今朝はですね、
『アートとデザインとえんとつ町のプペル』というテーマでお話をしたいと思います。

『アートとデザインとえんとつ町のプペルについて』というテーマなんですけれども、
まずこの話をする上で、
『アート』っていうものと『デザイン』っていうものの定義を
明確にしておいた方がいいなと思っておりまして。

『アート』と『デザイン』って、何が違うのかちょっとあやふやじゃないですか?

どっちもなんか絵描いてそうなイメージがあるし、
「なんなの『アート』と『デザイン』って。何が違うの?」
っていうところだと思うんですけど。

これは人それぞれ捉え方はあるとは思うんですけど、
一般的に、僕もどっちかというと一般的な考え方ではあるんですけれど、

例えば、
僕オンラインサロンでね、
自分の会社のことだとか、自分のビジネスのことをメインで毎朝記事を書いているんですね。

その時によく言っているんですけど、
スタッフがミスをするとするじゃないですか。

うちのスタッフがミスをしたとしますよね。
ウチの後輩がミスをしたとしますよね。

その時に、基本はミスをしたスタッフを責めないと。
ミスしたスタッフは責めないんですよ。

で、すべての罪はどこにあるかって言うと、
ミスをしたスタッフではなくてですね、
スタッフにミスをさせてしまったシステムにあると。

基本的に、システムがすべての諸悪の根源であると。

『ヒューマンエラー』っていうのはなくて、
そこにあるのは『システムエラー』であるって言うことですね。

スタッフにミスをさせてしまったシステムが悪い
っていう風にしておかないと、
またスタッフがミスを重ねてしまうので。

だいたいチームを作っていく時っていうのは、
システムエラーを探すようにするんですね。

なので、リーダーとして正しいのは、
まずそのシステムエラーを探すきっかけを与えてくれたスタッフに、
「ありがとう」っていうのと、
「ミスをさせてしまってごめんなさい」と謝るって言うことですね。

まあこれができるかできないかって言うとことは
リーダーの器量になってくると思うんですけど、
基本的にはスタッフがミスをしたらリーダーは謝った方がいい。

で、感謝をしたほうがいいですね、チームが強くなるので。

で、その時に、
まあチームというか、サロンメンバーにはよく言うんですけれど、
「じゃあもう二度と問題が起きないように、
こうこうこういう風に、こういう感じでデザインしましょうね」
っていう風に言うんです。

「問題が起きないように、こういう風にデザインしていきましょう」って。

ここで『デザイン』っていう言葉を使うんですけれども、
つまるところデザインっていうのは何かというと、
『問題解決』ですね。

『問題解決の方法』のことを『デザイン』っていうと。

で、一方『アート』っていうのは何かというと、
これに対してどう思うとか、
君はどう考えるとか、
どういうふうに動くっていう『問題提起』ですね。

整理すると、
『デザイン』というのは『問題解決』で、
『アート』っていうのは『問題提起』
っていう風に、僕は捉えています。

そして、けっこうこれは一般的な考え方だと思います。

というわけで話を続けます。

「えんとつ町」と「ゴミ人間」

さあ、ということを踏まえて、
『えんとつ町のプペル』のお話をしたいんですけれども。

先日のエッフェル塔の個展でもですね、
パリのアートのメディア、結構有名なメディアの方に
『えんとつ町のプペル』って言うのが取り上げられたわけですけど。

やっぱり『えんとつ町のプペル』って、
絵本として扱われるというよりは、
アートの文脈で切り取られることが多いんですね。

国内だとどうなのかな・・・
あんまりでも、絵本雑誌みたいなところで紹介されたことはないですね。

まあ僕が絵本業界から嫌われてるのかもしれないですけれど、
どっちかっていうとアートの文脈で切り取られることが多いんですね。

で、間違いなく海の外に出たら
確実にそっちで切り取られるわけですけれど、
じゃあなんで『えんとつ町のプペル』っていうのは
アートの文脈で、アートの切り取られ方をするのかって言うとですね。

先日のエッフェル塔の個展のインタビューでも、
向こうのライターさんとかに何度も聞かれたのは、
「『えんとつ町』ってなんなんだ」とか、
「『ゴミ人間』って何を描いているんだ」っていうことを
執拗に聞かれるわけですけれど。

基本ですね、『えんとつ町』っていうのはですね。

えんとつ町はえんとつだらけ。
そこかしこから煙があがり、あたまの上はモックモク。
黒い煙でモックモク。
えんとつ町に住む人は、青い空を知りやしない。
かがやく星を知りやしない。

つまり、えんとつ町っていうのは
朝から晩まで煙で蓋がされていてですね。

そこに住む人はですね、
星も知らないし、青空も知らない。

そんな中、主人公のゴミ人間とえんとつ屋の男のだけは
あのけむりの上に、向こう側に何かあるんじゃないか、
ということで見上げると。

そうすると、町の人に攻撃されるわけですね。
そんなものあるわけないじゃないかと。
何を見てんのバカじゃないの、空気読めと
まあそういう攻撃を受けると。

これは何かというと、
夢を語れば笑われて、行動すれば叩かれるって言う
現代社会の縮図ですね。

『えんとつ町』っていうのは、現代社会であると言うことですね。

で、じゃあ次に『ゴミ人間』って何なんだって言うとですね、
これも以前僕はどっかでお話したことがあるんですけれど、
基本的にみんな夢を持ってたりするわけじゃないですか。

子どもの頃、
野球選手になりたいだとか、
アイドルになりたいとか、
サッカー選手になりたいとか。

でもやっぱり生きていく過程で 、家族を持ったりだとかして、
どっかでやっぱその夢っていうのは折り合いをつけて、
多くの人が捨ててしまいますよね。

やっぱり野球選手なるの無理だなあとか、
お笑い芸人なるの無理だなあみたいなので
ポイと捨ててしまうと。

で、諦めてしまうわけですね。

そんな中、夢を追う人っていうのは、
みんなが捨ててしまった、捨ててゴミにしてしまったものを
まだ持ち続けていて、
みんな野球選手になるっていう夢を捨てたのに、ゴミにしたのに、
そのゴミをまだ持ち続けて、一生懸命頑張ってですね。

下手すりゃもうほんとに
この野球選手っていう夢を叶えようとしていると。

そうするとですね、
その昔野球選手にはなれないんだって折り合いをつけて
捨ててしまった人からすると、まあ具合が悪いわけですよね。

野球選手になれるんだっていうことになってしまうと、
あの時捨ててしまった自分が間違いだった、
あの時の判断が間違いだったってことなるから。

つまり、『夢追い人』っていうのは
みんなが捨てたものをずーっと持ち続けている、
みんながゴミとしてしまったものをずーっと持ち続けている。

『夢追い人』というのは、総じて『ゴミ人間』であるって言うことですね。

だから、臭いんですよ。
邪魔なんです、存在が。

もうそんなもの早く捨ててくれ、
どっか行ってくれ、
消えてくれなんですよ。

お前が夢を叶えてしまうと、
あの時夢を捨ててしまった自分が馬鹿みたいじゃないかっていう理屈ですね。

だから『ゴミ人間』っていうのは臭いし、攻撃の対象になる。

っていう、『えんとつ町』っていうのは社会の縮図で、
『ゴミ人間』というのは夢追い人の姿ですね。

で、えんとつ町のプベルっていうのは何かというと、
折り合いをつけた人間は、
折り合いをつけなかった人間を攻撃するのが世の理であるが、
君はどうするっていう『 問題提起』ですね。

つまるところ、
どっちかってことアート寄りのアクションになるから、
えんとつ町のプペルっていうのは、
そういう風な感じで、
『アート』として扱われることが結構多いですよっていう、
そういう話です。

もちろん、自分もその目的でこういう作品を作ったので、
まあそういう感じで、
「『アート』と『デザイン』と『えんとつ町のプベル』という
整理をしていただけると嬉しいです。

まとめ

さあ、というわけでまとめなんですけど、
えんとつ町のプペルに関しては
まだ絵本で描いているのは、全体のストーリーの3分の1くらいなので。

映画で全部描かれるんですね、
えんとつ町のプペルっていうストーリーは。

もっと言うと、主人公がまだ出てきてないんですね。

絵本っていうのは、映画に足を運んでもらうための『チラシ』なので、
まだえんとつ町のプペルっていうのは、主人公は世に出てない。

映画えんとつ町のプペルで初めて登場するわけですけど。
そこでまあ見ていただけると、また違う話になってくるので、
公開は来年の年末ぐらいだと思うんですけれど、
是非お楽しみにということでございます。

というわけで、今朝は
「『アート』と『デザイン』と『えんとつ町のプペル』」というテーマで
お話しさせていただきました。

それでは素敵な一日を過ごしください。
西野亮廣でした。

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