見出し画像

機関車の性能を考えてみる : DD51(後編)

1987年、日本国有鉄道は民営化され、旅客鉄道会社6社と貨物鉄道会社1社が発足した。

旅客6社では、客車列車を廃止し、電車・ディーゼルカーに置き換えるという国鉄時代の方針が引き継がれたため、ディーゼル機関車に対し積極的な投資をすることはなかった。
客車列車の需要がないことから、それまでディーゼル機関車で行っていた工事列車の牽引や除雪などもディーゼルカーや保線機械(書類上車籍を持ち、鉄道車両として扱われる例もあるが、ここでは機関車に含めない)が後継となり、新型ディーゼル機関車は製造されなかった。
クルーズトレイン「ななつ星」用に製造されたJR九州のDF200が唯一の例外であるが、それも1両のみであった。
旅客会社のDD51形は、特に手を加えることもなく、動く限りは使い続けるという扱いとなった。DD51形を国鉄から受け継いだ旅客会社のうち、JR北海道、JR東海、JR九州ではすでにDD51形は全廃となり、JR東日本とJR西日本だけが運用を続けている。

JR貨物での改良

一方、今後も多数の機関車を第一線で運用することが想定されたJR貨物では、今後もDD51形を積極的に活用するため更新工事を行うことにした。
ここで更新対象になったのがエンジンである。

ディーゼル機関車の走行性能には直接影響しないため、あえて中編では取り上げなかったが、国鉄ディーゼル機関車は(機関車に限らずディーゼルカーもだが)問題を抱えていた。
エンジンの設計があまりにも旧式化していたのだ。

DD51形に搭載されていたDML61系エンジンは、DD51形の開発時に量産されていたディーゼル機関車「DD13形」のDMF31系エンジンをもとに開発された。
このエンジンは「副燃焼室式」といわれる燃焼方式をとっていた。
現在主流の方式である「直接噴射(直噴)式」と比べると、副燃焼室式は燃料噴射ポンプに高い性能を必要としない一方、燃費が悪くて高回転化による出力向上も難しいという短所を有しており、現在は直噴式エンジンの普及によって廃れている。

副燃焼室式の機構については、自動車の記事であるが、この記事がわかりやすい。
https://clicccar.com/2019/10/18/919445/

世界的には直噴式エンジンは1960年代ごろから鉄道用や建設機械用などの比較的大型のエンジンから普及が始まり、比較的普及が遅れていた自動車用エンジンでも2000年ごろまでには副燃焼室式を置き換えた。

1960年代といえばDD51形が開発された時代であるが、当時は一刻も早くディーゼル機関車を投入することが求められていたから、設計が旧式でも確実に動作することが優先されたのだろう。

開発当時はそれでよかったかもしれない。しかし、DD51形は後継機導入も改良も行われずに使われ続け、その間にもディーゼルエンジン技術は格段の進歩を遂げていた。そして、JR発足時には副燃焼室式エンジンは完全に時代遅れのエンジンと化していた。

そこで、極寒地での長距離高速運転という、特に厳しい条件で運用されているJR貨物の北海道配置機に対して、1994年に新型エンジンへの換装が行われた。

換装前と換装後、両エンジンの性能を比較してみよう。

換装前 
形式  DML61Z  
開発  国鉄/ダイハツディーゼル
出力  1100馬力
排気量 61L
回転数 1500回転/分
重量  5400kg

換装後 
形式  SA12V170-1
開発  小松製作所
出力  1500馬力
(液体変速機は1100馬力対応のままなので、実際の出力は1100馬力に制限) 
排気量 46L
回転数 1800回転/分
(出力制限のため、実際の回転数は1500回転/分)
重量  5450kg
(発電用モデルの重量。鉄道用モデルの重量は異なる可能性あり)

新エンジンは旧エンジンと比較して、排気量は3/4になっているにもかかわらず、出力は4/3に増加している。排気量あたりの出力に直すと8割増しとなっており、30年間の技術の進歩がうかがえる。
(ただし、小松製作所は独力でエンジンを開発したわけではなく、技術提携関係にあるカミンズ社(アメリカ)から大きな技術的影響を受けている。カミンズ製エンジンは、JR東海が広く採用していることで知られており、JR東海の気動車の高性能ぶりを見ればその優秀さは明らかである)

しかし、上の比較でも記載したように、変速機はそのままであったので、実際の出力には変化がなく換装の効果は限定的であった。
また、この頃にはすでにJR世代の新型ディーゼル機関車DF200形が登場しており、DD51形の活躍はそれほど長く続かないことは明らかな状況となっていた。
そのため、結局この換装工事は一部のDD51形に対して行われるにとどまり、エンジン換装機を含む北海道地区のJR貨物所属DD51形は、DF200形の数が揃った2014年まで活躍を続けた。
2020年現在名古屋地区で最後の活躍を続けるDD51形は、原型エンジンを搭載したままである。

函館本線峰延–光珠内にて貨物列車を牽引するDD51形エンジン換装機。2009年1月23日 
(クリエイティブ・コモンズ Tennen-Gas氏撮影)


この「新エンジン搭載DD51形」が、純粋な輸送機械としてDD51形を見た場合の「究極のDD51形」であったといえるのではないだろうか。これらの機体は保存されることなく、すべて解体されてしまったのは残念でならない。

富良野駅に停車中のDF200 2号機(筆者撮影)

2020年現在北海道の貨物列車は、津軽海峡線を除きすべてDF200形によって牽引されている。

かつてDD51形をはじめとする液体式に敗れた電気式であるが、
・VVVFインバーター制御の登場で電気機器の軽量化が可能になり、重量面での不利が小さくなったこと
・液体式よりエネルギー効率が良いこと
・液体式より大出力エンジンに向いていること
・液体式より高速運転に向いていること

などの理由によりDF200形で再び採用された。DF200形では、DD51形に比べ出力・速度・牽引力等の性能が大幅に向上し、これまで重連が必要であった函館ー札幌間の貨物列車を単機で牽引できるようになった。
写真の初期型はMTU社(ドイツ)製エンジンを搭載しているが、それ以降の生産型はDD51形が換装したものと同系統の小松製作所製エンジンを搭載している。

余談だが、MTU社製エンジンを採用している日本の鉄道車両は、DF200形の他にJR東日本のクルーズトレイン「四季島」がある。「四季島」はパンタグラフとディーゼル発電機の両方を装備し、電化区間と非電化区間の両方を走ることができる。このような車両は「バイモード車両」と呼ばれ、ヨーロッパを中心に旅客車・機関車を問わず近年採用が増えているようである。日本での採用例は今のところ「四季島」だけだが、今後普及していくのか注目に値する。

おわりに : DD51の未来

2020年の年末、JR西日本から以下のような発表があった。

https://www.westjr.co.jp/press/article/items/201223_00_DLyamaguchigou-untenkeikaku.pdf

プレスによると、2021年度上半期の「やまぐち」号は、C57 1号機、D51 200号機の両方が修理・検査で離脱するため、DD51形牽引による運行となる。

これまでも「やまぐち」では、蒸気機関車の故障などの理由でDD51形が代走することはよくあった。しかし、今回の代走は以前の代走とは異なる雰囲気を感じる。
プレスにDD51形の紹介コーナーが設けられ、蒸気機関車とはまた違った走りを体験できるとアピールしているのだ。
JR西日本は「乗客は蒸気機関車だけではなく、ディーゼル機関車も価値ある存在とみなしている」と認識しているのだろう。
「蒸気機関車は一般受けするが、ディーゼル機関車は一般受けしない」
という、半ば常識と化した観念が、今揺らぎつつあるのではないかと思う。

DD51形は決して最良の機関車ではない。
本来ならば、もっと早く新型機に置き換えられるべきだったのかもしれない。
しかし、最善を尽くして生まれ、最高の活躍を見せた機関車であることは間違いない。

一人のディーゼル機関車好きとして、ディーゼル機関車の人気が上がり、蒸気機関車のようにDD51形が動態保存される未来がやってくることを願わずにはいられない。

今後の予定

DD51形シリーズはここでいったん完結とするが、今後も適宜内容の追加修正を行っていく予定である。

次回のテーマは
・DD200形ディーゼル機関車
・青函トンネルの貨物列車
・鉄道橋の設計規格と実際の運用
・機関車のカタログスペックと実用性
・機関車の定格出力
などを候補としている。

参考文献

石田周二, 笠井健次郎「電気機関車とディーゼル機関車(改訂版)」2017年 成山堂書店

加藤孝雄「予燃焼室式ディーゼルエンジンの性能向上と燃焼経過」日立評論 44, 8, 31-37, 1962

佐藤一也「4サイクルディーゼル機関の技術系統化調査」国立科学博物館技術の系統化調査報告, 12, 1-81, 2008

関英彦, 畑慶忠「日本国有鉄道納大形ディーゼル機関車用1,000PS液体変速機」日立評論 45, 7, 40-46, 1963

高橋政士、松本正司「国鉄・JR機関車大百科」2020年 天夢人

淵澤淳 「発電機用「SAA12V140」高出力エンジンの紹介」 コマツテクニカルレポート 49, 46-50, 2003

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?