機関車の性能を考えてみる : DD51(前編)
はじめに
これまで私は、鉄道に関する記事を3本投稿している。
これらの記事は、いままで私がnoteに書いた中では一番読まれているシリーズなのだが、鉄道研究は上には上がいて、そのさらに上がいるような業界であるので、同じ土俵で勝負したところで私のような工学素人には太刀打ちできないだろう。
だから私は、高度な技術論ではなく、鉄道の技術的な話題について、あまり詳しくない人にもわかりやすく説明することを目指していこうと思う。
今シリーズは「機関車の性能について、どのように評価するか」について、国鉄・JRの機関車を例に解説していこうと思う。
第1回で取り上げるのは、国鉄ディーゼル機関車のスタンダードとなったDD51形である。
DD51の誕生
国鉄のディーゼル機関車は、1950〜60年代に
エンジンの回転を変速機を通して車輪に伝えて走る「液体式」
エンジンで発電機を回して発電し、その電気でモーターを動かして走る「電気式」
の2パターンが試みられた。
その結果、重量面で有利な液体式が選ばれ、本線用のDD51形(1962年登場)と支線・入換用のDE10形(1966年登場)の2形式が大量生産され、従来用いられていた蒸気機関車を置き換えた。
DD51形は1000または1100馬力(製造時期によって異なる)のエンジンを2基搭載し、旅客列車ではC57形・C61形並の速度を、貨物列車ではD51形並の牽引力を発揮できるように設計され、実際にこれを達成した。
これを聞いて、以下のような疑問を抱かないだろうか?
「DD51形と蒸気機関車の性能が同等なのか?」
「ディーゼル機関車が蒸気機関車に取って代わったのは、性能面で優れているからではないのか?」
「蒸気機関車並みの性能しかないのに、なぜもっと強力な後継機関車を開発して量産しなかったのか?」
その疑問の答えを探すため、DD51形の性能、DD51形を取り巻く環境の変遷をたどっていくことにしよう。
DD51の性能:速度
DD51形とC57形・C61形の運転最高速度は、どちらも95km/hであり、ディーゼル化によって最高速度が向上することはなかった。
この最大の理由は、列車の停止距離にかかる規定、いわゆる「600メートル条項」の存在である。
すなわち、95km/hというのは走行性能の限界ではなく、ブレーキ力の限界なのである。
DD51形の登場した時期には110km/h対応のより強力な新型ブレーキも登場していたが、ほとんどの客車や貨車が対応していないので、機関車に装備してもあまり意味はなかった。
旅客列車については、高速化の要求そのものは存在していたが、それは高速機関車・客車の大量投入ではなく、電化やディーゼルカーの投入によって対応することとなっていた。客車列車の定期運用は、高速を要求されない普通列車や静粛性を要求される夜行列車に限定されていくこととなった。
また、貨物列車においても、当時の一般的な貨車の最高速度は65〜75km/hであったため、貨物運用でも高速性能は求められなかった。
ただし、600メートル条項がなければDD51形はもっと高速で走れたかというと、そういうわけでもない。
これは「液体式ディーゼル機関車」の構造によるものである。
一般にエンジンの回転速度は車輪の回転速度よりもずっと高いので、ギアなどで回転を減速して走行することになる。このときの回転数の比を減速比という。
減速比が一定だと、速度が上がるにつれてエンジン回転数も上がるが、ここで問題が生じる。
ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなど、燃料をシリンダー内で爆発させて駆動する「内燃機関」は、最適な回転数の範囲から外れると性能が急激に低下する性質があるのだ。
そこで、回転数を最適な範囲に収めるために、速度に合わせて減速比を変える必要がある。
(MT車の運転経験のある方なら「1速のままでは速く走ることができない」ということは理解できるだろう)
DD51形の場合は「フォイト式液体変速機」を使用し、エンジンの回転を車輪に伝えている。
この変速機は機関車のような大型エンジンの出力にも耐えられる変速能力を持っているが、そのかわりとても重量が大きい。変速段数を増やすほどそれに比例して重くなるので、DD51形は3速までしか設定できなかった。
それでも変速機の重量は試作機で4.7トン、軽量化された量産機でも3.7トンに達した。
これは変速に必要な油を含まない重量なので、実際はもっと重い。試作機の場合、油の重量は200kgにも達した。
当時の技術では、3速しかない変速機で110km/hを出すのは難しかったかもしれない。
なお、ある事情により日本では機関車用液体変速機の開発は停止するが(次回以降解説予定)、本家フォイト社(ドイツ)では引き続き開発が行われ、段数を増やすことなく高速化を実現している。
例えば、2006年に登場したディーゼル機関車「フォイト・マクシマ(Voith Maxima)」は5000馬力のエンジンの回転を2つのトルクコンバーターで2500馬力ずつ分担して変速するLS 640 reU2液体変速機を搭載しており、120km/h(オプションで160km/h)で走行できる。
パンフレットに掲載されている図を見ると変速機は2速のようだが、ドイツ語なので本当にそうなのかはわからない。
フォイト・マクシマはドイツ鉄道に若干数が納入されたが、液体式の天下であったドイツも電気式・ハイブリッド式に転換しつつある状況のため、本格採用には至っていないようである。
DD51の性能:牽引力
D51形の出力は1280馬力である。
一方、DD51形(初期型を除く)のエンジン出力は2200馬力(1100馬力×2基)である。
変速機でのエネルギーロス(2割程度)を考えても、これだけ出力の差があるのにD51形とDD51形の牽引力が同等というのは、DD51形に重大な問題があるのではと疑いたくなるなるかもしれない。
これについての答えを得るには、「出力」とは何かを考えればよい。
単純化していうと、出力とは、
牽引力 × 速度 である。
DD51形は、牽引力はD51形と同等とし、出力の増加分を速度向上にあてているのである。
蒸気機関車の記事でも書いたとおり、機関車の最大牽引力を決めるのは動輪上重量である。
特に、最も牽引力が必要になる場面である発車時の牽引力については、動輪上重量を上げなければ、どれだけ高性能な機関を載せても上がらない。
D51形とDD51形の動輪上重量はいずれも56~60トンであるから、発進時の牽引力はほとんど差がないのである。
現代の電車におけるVVVFインバーター制御のような、きめ細やかな制御技術をもってすれば、同じ動輪上重量でも牽引力を上げることができるだろうが、当時はそのようなものはなかった。
一方、速度はどのくらい上がったのかであるが、牽引試験のデータから概算すると、次のようになる。
勾配の大きさを問わず速度を出せるようになっているのがわかる。
400トンの列車を牽引するとき出せる速度(概算値)
水平
D51 80km/h
DD51 95km/h
上り勾配10パーミル
D51 45km/h
DD51 60km/h
上り勾配20パーミル
D51 25km/h
DD51 40km/h
※レール面に水濡れ・凍結がなく、路線にカーブ・トンネルがない状態を想定
蒸気機関車の記事はこちら↓
ディーゼル機関車導入の理由
ここまで示したとおり、DD51形はそれまで使用されていた蒸気機関車と比べて飛躍的な走行性能の向上があったわけではない。
それでは、DD51形は蒸気機関車に比べ優れていないのか?
そんなことはない。
優れているからこそ、蒸気機関車を置き換えることができたのだ。
長所1 エネルギー効率
煙と蒸気を吐きながら走る蒸気機関車は、見た目にも派手である。
しかし、走る見た目が派手ということは、走る以外の部分でエネルギーを浪費しているということでもある。
ディーゼル機関車は、蒸気機関車に比べて格段にエネルギー効率がよいのだ。
これは戦後まもなくの時点でも明らかであったが、当時は国内に多くの炭鉱があり、石油を輸入するための経済力も乏しかったので、国内で燃料を自給できるという点で蒸気機関車を使う意義はあった。
しかし、経済成長に伴い石油を大量に輸入できるようになり、国内炭鉱も縮小していくと、蒸気機関車を使い続ける必要もなくなった。
また、蒸気機関車は石炭と水を載せた炭水車(テンダー)を機関車本体の後につなげているが、D51の場合満載状態では47.4tもある。
ディーゼル機関車にすれば炭水車は不要になるので、その分客車や貨車もつなぐことができる。
長所2 運用コスト
蒸気機関車は釜に点火し、ボイラーを沸かし、走れるだけの蒸気を作るまでに何時間もかかるが、ディーゼル機関車なら準備はもっと短くて済む。
蒸気機関車を走らせるには機関士と機関助士の2人が必要だが、ディーゼル機関車は1人で済むし、人力で石炭をくべる必要もないので労働強度もはるかに軽い。
蒸気機関車は前後があるので転車台が必要だが、両方向に進めるディーゼル機関車には不要である。
その3 機種統合
蒸気機関車は、主要幹線ならC62形とD52形、地方幹線ならC57形とD51形というように、設計から異なる「旅客用機関車」と「貨物用機関車」を同時に製造し、運用する必要があった。
ディーゼル機関車では、これを1機種でまかなえるようになったので、量産効果で1両あたりの価格が下がる、弾力的な運用ができるようになる等の効率化ができる。
その4 居住性
蒸気機関車牽引の列車では、機関士・乗客ともに煙で燻されることになる。特にトンネルの多い路線では機関士に危険が及ぶレベルの煙が列車を覆うことになる。
ディーゼル機関車牽引なら、列車の旅はずっと快適になる。
このように、蒸気機関車からディーゼル機関車への置き換えの主目的は経済性や居住性の改善であったのである。
残された疑問
DD51形は「蒸気機関車を置き換える」という当初の目的を果たすには必要十分な性能を有していたことを解説してきたが、まだ3番目の疑問である
「蒸気機関車並みの性能しかないのに、なぜもっと強力な後継機関車を開発して量産しなかったのか?」
が残っている。
しかし、ここまでで文章が長くなってしまったので、ここでいったん切ることにする。
次回は、DD51形の抱えていた問題と、新形式開発の試みについて取り上げようと思う。
参考文献
石田周二, 笠井健次郎「電気機関車とディーゼル機関車(改訂版)」2017年 成山堂書店
関英彦, 畑慶忠「日本国有鉄道納大形ディーゼル機関車用1,000PS液体変速機」日立評論 45, 7, 40-46, 1963
高橋政士、松本正司「国鉄・JR機関車大百科」2020年 天夢人
渡辺淳吉, 山名順圭「日本国有鉄道納DD51形液体式ディーゼル機関車」日立評論 45, 4, 47-56, 1963
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