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詩) ソナタ

     ソナタ

   1.ヴィヴァーチェ・マ・ノン・トロッポ

強い風が行く手をさえぎろうとする
前のめりに身体を折ってこらえる―――ふたり
こんなにもためらいがちな出会いの中に吹きつける

静かなディナーの会話のように落ちてくる
「素敵じゃない」「うん」と呟く―――ふたり
賑やかな街の中にこんなひっそりとした歩調

降りしきる雪に足をとられ、よろめく
胸ポケットのしわくちゃの封筒に掌(て)を当て―――ひとり
哀しい別離の中に「陽光(ひかり)」という一語が残る

   2.アダージョ

切なさと、淋しさと、毎日と
そして、見上げる太陽のやわらかな光と

明るさに満ちた季節と、そして人々
その中にひっそりとうずくまるように

想うということを確かめたいという希いと
自分の愛と君の温もりを感じたくて

ほのかな、そしてかすかなものを受けとめ続ける
そっと、おだやかに、そして孤独に・・・

   3.アレグロ・モルト・モデラート

諦めに似た哀しみと
哀しみに似た愛と―――
そんな場所から光と水のさざめきが滑り出す

あやふやな、しかし暖かな感触
包まれてゆくような、抱き上げられるような―――
小さな輝きの粒が浮んでは消える

瞬間という言葉が消え去ってゆく
うつろい、ゆらめき、そして―――海
たゆたいとうねりが何処までも続く

かすなものの広大なひろがりに
目を細めればヴァイオリンの音色が遠く
消え入るように水平線へと流れてゆく

形を失った愛がその上に見え隠れし
ぼんやりとした想いへと溶けてゆくうちに
僕の口からふと呟きがこぼれ出る
「来ておくれ、この腕の中へ」

           (1984.6.16)

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