遊技台商社のオーケーエーさん自己破産の件

オーケーエー倒産の件についてちょっと昔話を交えてやっていきます。

残念なニュースが耳に入った。約40億の負債を抱え、同社が自己破産したようです。
だいぶ前、山下商会さん(屋号アムディ)というパチンコホール運営企業が首都圏に進出しました。
渋谷とか結構繁華な場所にも出店していました。
4号機時代の後半です。
同社の同郷のよしみなのか、新潟から首都圏にオーケーエーも進出してきました。

ところで、ヤフー知恵袋に三共さんというパチンコメーカーについての古い書き込みがありました。社名を問う内容への回答者の方の回答が以下です。
「元々は三共です。私も古い機種を回答する時に使っています。この三共がSANKYOに変わった経緯の一つに、当時台湾パチンコ進出がありました。いわゆる台湾仕様の台を三共が作っていたのです。ところが台湾では「共」の文字の使用が禁止されています。そこで台湾では「三今」として売り出していました。しかし向こうの発音では「サンチン」となってしまうのです。メーカー名をサンキョウと呼ばせたいために「共」を使わないアルファベットで読ませてSANKYOとしました。それ以外にも株式上場とか本社移転とかの理由もあるのですが、変わった原因の一つにも挙げられています。

社名・・・SANKYO
登記社名・・・三共
ということです。だから三共を使っても間違いではないですが、今はロゴ等を含めて営業上は全てSANKYOを使用しているということです。」

上場する前に三共さんは、台湾でパチンコ事業を手掛けていました。ほか、初台のあかねさんなど国内でもパチンコホールの運営にかかわってました。

台湾でのパチンコ事業を頑張っていた方が起こした会社がオーケーエーだったと思います。日本に戻られてから三共さんの新潟の営業所長さんだった方です。

新潟には、山下商会さんのほか、アイビー企画(現シリウス)さんなどこれから事業を大きくしようという企業が複数ありました。

山下商会さんは、コロナ禍の緊急事態宣言下でも営業を継続された数少ないパチンコ屋の一つでした。愛国的なユーチューバーの令和のタケちゃん氏や松戸市の職員さんなどが営業所に押しかけて、遊技の停止を顧客に求めたり、営業の中止を求めたりしていた記憶が残っています。

もちろん、営業を中止せよという世間の事実上の命令が聞こえなかったわけではないと思いますが、その時期に営業していたパチンコ屋は、すごく儲かったと思います。
私も、営業所を見学に参りましたが、いつも以上の集客をしていました。

なお、シリウスさんは、首都圏では、千葉県の富里市で居ぬきでパチンコホールを入手され、営業をしているほか、おおきく首都圏での展開はしていないようです。

首都圏で活躍する新潟県企業に関するうんちくはさておき、これから6.5号機、スマパチ、スマスロと大きく機械性能が良くなる可能性が高まった中で、オーケーエーが倒産してしまったことは、残念でなりません。

新潟の遊技機市場が、あまり振るわなかったのか?
遊技台のレンタル事業が、うまく行かなかったのか?

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