祖母が私に渡したサングレ・デ・トロ・ルージュ
エノテカ&ケーシーズ 神戸三田プレミアム・アウトレット店の藤原の藤原です。
皆さんは、初めて飲んだワインのことを覚えていますか?
初めて飲んだワインは、その味わいと共に当時の記憶が強く結びついているものだったりします。
今回は、私がワインを飲むに至ったきっかけと、初めて飲んだ「サングレ・デ・トロ・ルージュ」の思い出について書かせていただきます。
祖母が飲む神秘的なお酒
私がワインに触れるきっかけになったのは、幼少のころから見ていた祖母のお酒を飲む姿への憧れからです。一人ダイニングテーブルに着いて、温色球のライトの下でグラスを傾ける祖母を下から見上げており、私の目にはその姿がとてもかっこよく見えていました。
私は祖父母によく可愛がられ、食にこだわりがあった祖父には美味しいものをたくさん食べさせてもらいましたし、色んなものを買ってもらっていたので、成人した時、祖父母に「おいしいワインが飲んでみたい」とねだり、高価なワインを期待していました。
今思うと、下心が透けて見える嫌な孫ですね。
祖母の部屋には、小さなワインセラーが置いてありその中に全く読むことの出来ない謎の文字列が並んだ、いかにも高級そうなワインが眠っていることも知っていました。
この時、私のワインに対する興味は、飲めるようになったばかりのお酒に対する興味というよりは、全く味わいの想像出来ない、いつも祖母が飲んでいるあの不可思議で神秘的な飲み物の実態を知りたいという欲求でした。
祖母は「すぐに買いに行こう」と言って、行きつけの酒販店で一本のワインを買いました。
それが「サングレ・デ・トロ・ルージュ / トーレス」でした。(現在はサングレ・デ・トロ・オリジナル)
感想を求められ出てきた言葉は...
スペインワインの王、カタルーニャの星と呼ばれるトーレスが手掛ける、1,600円(税抜)と非常にコストパフォーマンスの高いデイリーワインで、トロ(牡牛)のマスコットが付いていることでも親しまれています。
スペイン原産のガルナッチャとカリニェナから造られ、ジューシーでフレッシュな果実味とスパイシーなアロマ。主張はしすぎないけれども存在感のあるタンニンが魅力的。非常にフードフレンドリーなワインです。
ほんの少し冷やした後、祖母はワインを抜栓してサーブしてくれました。
輝きのある、仄かに黒みを帯びたルビー色の液体はまさに私の望んでいたものでした。一口飲んだあとに感想を求められて、あふれんばかりの果実味を感じ、ただ「美味しい」と答えることしか出来ませんでした。
黒系果実の甘さを感じさせる果実味、甘草やスパイスの香り、舌の上で泳がせた時の親しみやすいタンニン。フレンチ・オークとアメリカン・オークによる樽香、ヴァニラのニュアンス。
今でこそ同じワインを飲んだ時、楽しみながら味わいの魅力を捉えることが出来ますが、初めてワインを飲んだ私には目の前のワインの香りを嗅いでそれがどの果実の香りなのか、要素を捉えることが出来なかったのです。
セラーに残ったワインたち
無数にある品種、世界中で作られる銘柄、風土、文化、個性、それらを楽しむために、自分の力が全く及んでいないことに気づき、ワインの奥深さの一端に触れた気がしました。
祖母はワインを飲むとき、あまり口数多く語らない人でした。蘊蓄の一つも持っていたのでしょうが、祖母は私にそれを押し付けることはしませんでした。
ただ、「美味しかったなら、また他にも試してみよう」と言って、私のワインの世界への門戸を開いてくれました。
それからほんの数年で、祖母は進行した認知症の為施設へ入所することになりました。祖父も死去しており、住む者のいなくなった祖父母の家は時折掃除をしに行くだけの、がらんどうになってしまいました。
ある時私は、家財の整理の為祖父母の家へ行き、もう使わない家具などを搬出してトラックへ積み込んでいきました。
そんな折、祖母の部屋からかつてにも見たあのワインセラーが出てきました。もう電源も入っておらず、起動していませんでしたが、その中にボルドーのグラン・ヴァンや二十歳の時には見なかった私の生まれ年のワインもありました。
このワインを祖母と共に飲めなかったのが、私の一生の心残りです。
今でこそ思える祖母の思いやり
今になって思えば、「美味しいワインが飲みたい」と言った二十歳になりたての私にボルドーのグラン・ヴァンではなく、サングレ・デ・トロ・ルージュを飲ませてくれたのは、祖母の思いやりだったと感じています。
もしも初めて飲んだワインが非常に複雑な、考えの及びもつかない深遠なワインであったとすれば、私は素直に目の前のワインに対して衒う気持ちなく「美味しい」と言えたでしょうか。
祖母は私にワインを楽しませるためにサングレ・デ・トロを飲ませてくれたのだと理解しました。
過ぎて帰らぬ祖母への不孝を嘆いても、時が戻るわけでもなければ、祖母とお酒が飲めるようになるわけでもありませんでした。
ほどなくして祖母は他界し、私は祖父母の家で暮らしています。
自宅でワインを飲むときは、幼い頃見た祖母と同じように、温色球が照らすダイニングテーブルで、グラスを傾けることにしています。
あの時のサングレ・デ・トロ・ルージュがあるからこそ、今の私も祖母と同じワインを愛する一人になったのだと考えています。
ワインショップ・エノテカ 神戸三田店 藤原 有津馬
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