『オリオンのかみ 第1回「酒」』感想文
ネット短歌界でその名を轟かすお三方による
「まったり女子会系短歌ユニットOrion」
その初のネプリ「オリオンのかみ」を読みました。
第1回のテーマは「酒」。共感。
それぞれ10首の連作ですが、選んだ酒に個性が表れていてまず面白い。
(まずそこに注目してしまうの、申し訳ない。酒好きゆえに。)
toron*さんは缶チューハイ(出てくる商品名は連作タイトルにもなっている「ストロング・ゼロ」。ロング缶。)
夏山栞さんは焼酎(具体名が出てくるのは「俺とおまえの」でおなじみの「大五郎」であるが、作中主体が飲んでいるのはそういう甲類焼酎ではないでしょう)
満島せしんさんはビールとジントニックとワイン(あと作中に「フランベ」という言葉が出てくる。実際にはフランベしてないんだけど、おそらくこのキッチンにはブランデーも置いてあるんじゃないだろうか)
ユニット名はオリオンでしたよね?バッカスじゃないですよね?
さておき。
各連作について感想を申し上げたいと思います。
toron*さんの連作「ストロング・ゼロ」。
主体と作者を切り離して考えるべきではあるが…普段、彼女のツイッターでもよく出てくる「黒の組織」のような会社が舞台なのだろうなぁと察す。先輩が辞めてしまったことを詠う連作だ。先輩が辞めてしまったことは主体にとってショックな出来事なのかもしれないけれど、職場ではそんな感傷に浸っている暇もない、というイメージ。それでも、仕事をこなしているうちに夜がやってきて、一人になった時にその不在が確かなものとして感じられているようだ。「火を借り」たという言葉があるので一緒に喫煙所に行って雑談したり、仕事終わりに缶チューハイを一緒に空けたりしていた仲だったのかもしれない。しかしながら、先輩不在の淋しさというよりは、それでも職場での日々は続いてしまう虚しさのようなものがひしひしと伝わってきたように思う。
夏山さんの連作「ナルシシズムの煮物」。
こちらも働く女性の歌。昇進という華々しい結果を出したものの、主体は「しあわせ」だけでなく「むなしさ」の形も考えている。女性が会社という組織で上に行くということは男性のそれよりも大変だ、というのは月並みな表現である。しかしながら、実際問題そうなんだろう。主体の周りには「いじわるな男の子」がいて、直接的な嫌がらせではなくとも「女だから」「女のくせに」とか小さな言葉の針が主体の心を疲れさせていたに違いない。女とか男とか関係なく、この「わたし」だから拍手をしてくれた祖母の拍手を思いだすのだろう。自分で作った煮物は美味しい、そして、おそらく秘蔵のプレミアム焼酎を開けたかなと想像する。それがナルシシズム=自己愛だとして、生きていくための重要な手段なのだ。
せしんさんの連作「キッチン」。
料理をしながら、主体はどんどん酒を飲んでいる。先述したが、最初はビール、次にジントニック、白ワイン、赤ワイン。ただ、その酒を味わっているというよりは、「思い出を振り払う」「忘れる」ため、酩酊するツールとしての酒のようだ。前半はそんな感じでぐいぐい行くのだけれど、結局は胸の「炎」は消えていないし、さみしさを「反芻」しては、圧力鍋に呼応して「泣きたくな」っている。酩酊は一時的なものに過ぎない。その不安定な精神と対照的に整った「豪華な食卓」の完璧な献立には少し怖さも覚えるほどだ。しかし、それがこの主体をよく表しているような気もする。心の内がどんなに揺らいでいても、弱さを見せず、常に美しく毅然とあろうとする、そんな姿だ。
三者三様の世界を堪能させていただきました。
第2回も楽しみにしております。
最後に好きな歌を一首ずつ引きます。
飛ぶという語彙で語ればうつくしく心が折れて辞めてゆくひと/toron*「ストロング・ゼロ」
音読をし終えたときの音のない祖母の拍手がいま欲しかった/夏山栞「ナルシシズムの煮物」
フランベをしたくなるけどしない時わたしの胸に炎はあって/満島せしん「キッチン」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?